日本で最も経済価値のある淡水魚・アユ。資源量を守るという名目で各地で放流が行われていますが、そこには問題点が多くあります。
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「人工ふ化アユ稚魚」の出荷スタート
愛知県の田原市にある県の栽培漁業センターで、今月上旬より「人工的にふ化させた」アユの稚魚の出荷が始まっています。
こちらの施設では様々な高級水産資源の種苗飼育を行っており、アユもその一つ。木曽川や矢作川で捕れた天然個体のアユを人工授精させて採卵し、ふ化させた稚魚を育てて出荷します。
昨年10月に採卵後は順調に成長し、今月に入って4~6㎝程度の大きさになったそうです。例年通りなら今月下旬ごろまでに、約120万匹の稚魚が県内各地の河川等の漁協へ出荷されます。
稚魚放流で支えられるアユ資源
いうまでもなく、アユはわが国の淡水魚介類の中では最も重要なもののひとつ。食用に漁獲されるほか、釣りや「やな漁」などのレジャーの対象としても欠かせない存在です。
そのため全国的に高い需要があるのですが、一方で河川の汚染や環境破壊によって各地で生息数を減らしている状況が続いています。これに加え、最近ではブラックバスなどの外来魚や、カワウによる食害も深刻です。
そのため資源の持続を目的として、それぞれの河川や湖沼を管轄する漁協が仔魚種苗を購入し、放流を行っています。
自然環境への影響
さて、実はアユの種苗と言えば前記の「人工ふ化種苗」よりも、琵琶湖産の天然アユ「コアユ」の稚魚が有名です。琵琶湖のコアユはサイズこそ小さいものの資源量がとても多く、人工的にふ化させる必要もないので、全国のアユ放流種苗の主流となってきました。
しかし、琵琶湖産アユの放流は、全国に「冷水病」というアユの伝染病を広げることにつながってしまいました。また、アユの稚魚を漁獲するときに混獲されてしまったハスなど琵琶湖固有種の魚の稚魚が、アユの種苗とともに各地に放流されて定着してしまい、在来の魚を食害するなどの「国内外来種問題」を引き起こすことにもなりました。
人工ふ化種苗の放流は、これらと同様のリスクがないという点が利点となります。そのため環境にやさしいとも思われますが、実際はそう簡単な話ではありません。
遺伝子汚染
とある河川で採れたアユから生産した種苗は、その川特有の遺伝子情報を持っています。そのような種苗を別の河川に放流すると、その河川の個体群と交雑してしまい、既存の個体群が持つ遺伝子情報が破壊されてしまいます。
このような現象を「遺伝子汚染」と呼び、それぞれの個体群がもつ環境への適応性などの独自性が侵され、結果として環境変化に弱い状態になってしまったりするなどの負の影響がもたらされます。
そもそも、放流が本当にアユの資源増をもたらしているかについては確かなデータがなく、その必要性について懐疑的な声も少なくありません。放流にともなう環境負荷の存在が立証されている以上、改めて検討を行うべき時期なのかもしれません。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>