満月の夜に河口や内湾で発生する現象「バチ抜け」。一体どんなものなのでしょうか?
(アイキャッチ画像提供:PhotoAC)
魚が狂喜乱舞する「バチ抜け」
寒さも峠を超え、徐々に気温が上がり始めるこの時期。陸上と比べ海中は少し季節が遅れると言われ、これから4月にかけて最も水温が低い時期を迎えます。
そのため水中に暮らす魚たちも活性が低く、なかなか元気に餌を追いかけようとはしません。しかしそんなこの時期に、とある条件下で発生するイベントにより突如、魚たちの活性が上がることがあります。
そのイベントとは「バチ抜け」。これは大潮の夜、河口部や浅い内湾でたくさんのゴカイが水面を泳ぎ回るというものです。魚たちにとっては、突然「無料の食べ放題」が開催されるようなもので、ゴカイを食するすべての魚が狂喜乱舞し、水面近くを泳ぎ回る様子が見られます。
なぜ「バチ抜け」が起こるのか
バチ抜けは、ゴカイ類の産卵行動と考えられています。
ゴカイは通常、外敵から身を守るために海底の砂や石の中で暮らしており、そこから全身を外に出すことはほぼありません。しかしそのままでは繁殖時期になってもパートナーに出会うことができず、交尾をすることができません。
かといって、パートナーを探すために闇雲に砂から飛び出しても、泳ぎの下手なゴカイたちはパートナーに出会う前に外敵に見つかって食べられてしまうのがオチです。
それらの問題を解決するため、産卵のタイミングを迎えたゴカイは、集団で一気に水中に泳ぎだすという行動を行います。これがバチ抜けです。こうすればパートナーとも出会いやすくなり、外敵に襲われる個体もたくさん出るものの、うまく逃れて子孫を残せる個体も増え、種の保存の上では問題がなくなるのです。
バチ抜けは満月であること、大潮であること、海が荒れていないことなど様々な条件が発生条件になっていると考えられています。
人が食べても美味しい!?
さて、バチ抜けで喜ぶのは実は魚だけではなく、人もです。それはもちろん、釣り人にとって魚が釣りやすくなるからと言うのもありますが、もっと直接的に、このバチ抜けしたゴカイを食材として尊ぶ地域があります。
ベトナムを始めとしたいくつかの地域では、バチ抜けのときにゴカイを捕獲し、揚げ物などにして賞味する文化があります。ゴカイはミミズのような見た目をしているため食べたいと思う人は少数派かもしれませんが、貝のひものような旨味と甘味があり意外に美味な食材です。
加えて、産卵を控え生殖巣が大きくなっているものは味も良くなると思われます。筆者は以前、釣り餌のゴカイ(アオイソメ)を食べてみたことがあるのですが、一般的な個体は青臭くて苦味が強く不味であったのに対し、繁殖に関与していると思われる個体は甘みが強く食べて美味しかった記憶があります。
タイミングが合えば大量に採れることも含め、バチ抜けするゴカイは食材としてのポテンシャルは大いにあるといえます。いつか我々の食材として注目される日も来るかもしれません。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>