有明海は佐賀県・福岡県・長崎県・熊本県の4県に囲まれた海域で、日本最大の干潟を保有する海として知られています。そこには多種多様な水生動物たちが暮らしており、国内においては有明海でしか見られない貴重な生物が多く生息しているの知っていますか? 今回は有明海の特異的な魚たちに焦点を当ててご紹介します。
(アイキャッチ画像提供:PhotoAC)
ムツゴロウ
まず有明海の魚といえばムツゴロウではないでしょうか。日本をはじめとする朝鮮半島、中国、台湾に生息するハゼ科の魚で、日本国内では有明海と八代海にのみ生息する珍種です。
有明海を含む日本各地に生息するトビハゼにも似ていますが、トビハゼよりも大きくなることや背ビレの形が明らかに異なることで区別することができます。
ムツゴロウはエラ呼吸と皮膚呼吸が可能であり、干潟という特異な環境に適応しているのです。さらに、本種は干潟の泥に1m程巣穴を作って生活し、その中で産卵と卵の世話をするという変わった生態も持ちます。他にも産卵期のオスが飛び跳ねて求愛する姿が有名です。
変わった特徴と生態を持つムツゴロウですが、有明海沿岸では食用としても知られており、ムツゴロウを専門に狙った「むつかけ」と呼ばれる伝統的な漁業も行われています。「むつかけ」は独特な漁法であるが故に全国的に知られており、観光客向けに体験会も開催されている程です。
漁獲されたムツゴロウは蒲焼きや煮付けで食され、特に蒲焼きは生きたムツゴロウを素焼きにした後、甘辛く炊く(煮る)という少し変わった調理法が伝わっています。
ムツゴロウは干潟の埋め立てによる環境変化で数が減っており、環境省のレッドリストでは絶滅危惧種ⅠBに分類されているのです。
ワラスボ
ワラスボも有明海を代表する魚の1種です。日本をはじめ、朝鮮半島や中国、インドに生息し、日本国内では有明海とその北部に位置する八代海のみに生息する種です。
独特な体色・体型に加えて眼は退化的であり、両顎に発達した歯を持つことから、時として「海のエイリアン」とも表現されています。
こんな見た目のワラスボですが、実は先ほど紹介したムツゴロウと同じハゼ科の魚なのです。その証拠に多くのハゼ科が持つ「左右の腹ビレが癒合して吸盤状」になるという特徴をもっています。反対に腹ビレ以外を見ると、とてもハゼ科には見えないかもしれません。
ワラスボは奇妙な魚として知られると同時に有明海では美味しい魚としても知られ、有明海では専門に狙った漁業も伝承されています。主な漁法はあんこう網(網の形が口を開けたアンコウを彷彿とされることから)やスボカキです。
特にスボカキは独特で、干潟の上を移動するためにスキー板のようなものを使用し、先端が鉤のような形をした漁具で穴という穴を探ってワラスボを探します。この漁法では、ワラスボの他にもムツゴロウが捕れることもあるそうです。ワラスボは有明海沿岸では干物や焼き物で食されており、道の駅などでも売られていることから観光客からも人気があります。
そんなワラスボですが、ムツゴロウ同様に数を減らしており、環境省のレッドリストでは絶滅危惧Ⅱ類に分類されています。
ハゼクチ
ハゼクチは日本国内では有明海と八代海にのみ生息します。ハゼ科の中では国内最大の種であり、その大きさはなんと40cmにもなります。有明海を含む日本各地に生息するマハゼによく似ていますが、尾ビレの色が単調であることから区別することができます。
別名「ハシクイ」とも呼ばれており、現代では主にハゼ籠で漁獲されています。ムツゴロウ同様に干潟に巣穴を作って生活し、その中で卵の世話をします。
本種は食用としても知られ、有明海沿岸のスーパーでは鮮魚で売られている姿を見ることができます。身が柔らかいのが特徴で煮付けで食べられています。
エツ
エツは有明海固有の魚です。本種はカタクチイワシ科に属しますが、私たちがよく知るカタクチイワシとはかけ離れた奇抜な形態をしています。また、カタクチイワシ科の中では大きくなる種であり、体長は30cmを超えることも。
主に刺網で漁獲される魚で、産卵期である5?8月に多く漁獲されます。有明海沿岸では刺身や唐揚げ、煮付けなど様々な調理方法で食べられています。かつては安価な魚でしたが現代では漁獲量が減り、高価な魚として知られています。
有明海が特異な生態系を持つ理由
これらの魚たちは日本国内では有明海と八代海のみに生息しますが、実は朝鮮半島などにも生息しています。
こういった魚たちは「大陸系遺存種」と呼ばれています。元々は大陸にいた生物が大陸と日本が地続きになった氷河期に日本へ分散した後、日本に取り残された生物のことであり、有明海には上記のハゼ3種、エツ以外にも多くの大陸系遺存種が生息しているのです。
有明海には特有の魚が多く生息しており、その魚を用いた食文化が今もなお伝わっています。その一方で埋め立てによって個体数を減らしつつあるのが現状です。生物多様性はもちろん、伝統的な食文化を守るためにも干潟を守っていく必要があります。
(サカナト編集部)