賞味期限が極めて短い食品、というイメージが強い「寿司」。しかし本来、寿司とは「長期保存食」でした。
(アイキャッチ画像提供:茸本朗)
各地にある「なれずし」文化
寿司ってどんな料理? という質問をされたら、ほとんどの人は「魚介類などのネタを酢飯とともに一口サイズに握ったもの」と答えるでしょう。しかし、もともとの寿司はそうではなく「ご飯と魚介類を一緒に詰め、発酵させたもの」でした。
寿司といえば握り寿司を指すようになった現在では、そのような発酵タイプは「なれずし(熟れ鮓)」と呼ばれており、区別されています。なれずしは中国から稲作が伝来した際に同時に伝わった食文化とされ、腐敗の早い魚介類を長期間保存する方法のひとつでした。
冷蔵技術の発達した現代でも、なれずしは各地に残っており、北海道から東北にかけての「いずし」や琵琶湖沿岸の特産となっている「鮒ずし」、石川県の「かぶらずし」などが有名です。これ以外にも、各地で様々な魚を原料としたなれずしが作られています。
「30年ものなれずし」は液体だった
筆者はこのなれずしがとても好きで、旅行先にこの種の料理があれば必ず食べてみることにしているのですが、先日非常にキャラの濃いなれずしに出会うことができました。
出会ったのは本州最南端の南紀地方。ここはサンマなどを原料とするなれずしが名産となっているのですが、今回出会ったのはなんと「30年熟成もの」のサンマのなれずし。長期保存が可能な食品とはいえ、ここまでのものが現存しているというのはまさに奇跡です。
30年もののなれずしが提供されたとき、自分で注文したにも関わらずそれがなにかわかりませんでした。なぜなら小鉢の中に入ったそれは完全に溶け切ってしまっており、ヨーグルトのようなドロリとした液体になっていたからです。
なぜ溶けたの?食べて大丈夫?
ややツンとした刺激的な香りを発するそれを恐る恐る食べてみると、香りの割には酸味や風味は柔らかく、ヨーグルトに米酢を加えたような味がしました。酸味のあとから柔らかい甘みがふわっと上がってきて、上にかけた醤油との相性は抜群。
しかし見た目も匂いも、知らない人からしたら「腐敗しきって原型がなくなってしまったもの」としか思えません。なぜ、食べることができるのでしょうか。
なれずしは炊いた米と魚を塩とともに漬け込んで作るのですが、その際に米に由来する乳酸菌によって乳酸が大量に作られ、酸性環境になります。加えて塩分濃度も高いため、腐敗をもたらす雑菌は繁殖することができず、人体にとって害のある物質が生まれないのです。
またこの際にデンプンとタンパク質が分解され、旨味成分が生み出されます。そのためただ保存できるだけでなく、より美味しくさせながら熟成できるのです。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>