「魚へんに非」と書いてニシン。この字が当てられた由来は、この魚が持つ特異な歴史にあります。
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ニシンの放精で起こる「群来」
北海道・積丹半島の西岸にある神恵内村。漁業が盛んなことで知られるこの村の海で先日、約70年ぶりとなる現象が発生しました。
その現象とは「群来」。初春の海が突然、牛乳でも流したかのように白く染まります。
この現象を引き起こすのは、数の子の親であることでよく知られる北の魚・ニシンです。彼らは春先に産卵のために浅瀬に大群で押し寄せるのですが、産卵と放精が一気に行われるため、彼らの精子によって海が白く染まるのです。
ニシンで財を成した大尽たち
今回の群来は数十年ぶりに発生したものですが、かつては北海道の各地で毎年のように見られていました。つまりそれだけ大量のニシンがいたということで、それを獲る漁が盛んに行われていました。
とくに今回の群来が見られた積丹半島周辺は水揚げが多く、その付け根にある中心都市・小樽はまさにニシン漁によって発展した街でした。ニシン漁は定置網漁で行われ、その水揚げ額は現在の価格で数十億円にも登ることがあったそうです。
したがってその網元は大変な大金持ちであり、小樽周辺にはとんでもない大豪邸が立ち並びました。彼ら「にしん大尽」たちの贅を尽くした豪邸は、いまでも一部が残されており見学が可能となっています。
ニシンはサカナではない!?
ニシンが浜辺に押し寄せるのは1年のうち2~3ヶ月程度。ニシン漁に関わる人達は、その時期の働きだけで1年分の稼ぎを得て、あとの時期は遊んで暮らせたといいます。
そもそもかつては米が取れない大地であった北海道は、年貢や交易の材料にニシンが用いられることが多かったため、ニシンにはただの魚以上の価値がありました。
そのために「ニシンは魚にあらず、二親なり(ニシンはただの魚じゃなくて両親のように大事なものだ)」あるいは「ニシンは魚にあらず、米なり」といった言葉が生まれ、それに伴って「魚に非ず」鯡という漢字が作られ、あてられたそうです。現在では鰊という字が使われることが多くなっていますが、この2つの漢字はいずれも室町時代の文献にはすでに見られている歴史のある字となっています。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>