近年、ヒトが使用する薬剤の成分が自然界に逸出し、よからぬ影響を与えてしまうことが問題となっています。
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ロブスターに薬物を与えて調理
2018年、アメリカのレストランのシェフが、食材であったロブスターに施した「とある処置」が話題となったことがあります。
その処置とはなんと「麻薬を吸わせる」というもの。州の法律で使用が合法となっている「大麻」をロブスターに吸わせたのちに調理し、店舗での提供を試みたのです。
このときは同州の保健所が販売許可を出さなかったために、実際に店頭で提供されることはなかったのですが、シェフが個人的に家族や仲間内に提供し、好評だったそうです。
なぜロブスターに大麻を?
しかし、一体なぜこのシェフはこんなことをしたのでしょうか。
実は近年、ロブスターをはじめとした甲殻類は「苦痛を感じている」可能性があるという研究が発表されました。そしてそれに伴い、いくつかの国で甲殻類に「苦痛を与える調理法」を行うことが禁止されたのです。
くだんのシェフはこの新ルールを踏まえ「大麻を吸わせることでロブスターが苦痛を感じない状態にできないか」と考えたのです。そして実験をしたところ、大麻処理をされたロブスターは調理に際しても暴れることがなく、調理されたロブスターはふっくらと美味しく仕上がったといいます。
ロブスターは大麻の麻薬成分であるカンナビノイドの受容体を持っていることが研究によって示唆されており、実際に大麻の効果がもたらされた可能性はあるでしょう。なお、大麻処理されたロブスターを食べた人には大麻の影響は現れなかったといいます。
魚介類に「人間の薬剤」が効く
さて、ロブスターに限らず、実は野生の魚介類は人間用の薬剤が効いてしまうことがあります。
2021年には、チェコの研究チームが、マスの一種ブラウントラウトが「覚せい剤成分メタンフェタミンの中毒に陥りうる」という内容の論文を発表しました。またアメリカでも、河川に生息するザリガニが、河川水中に含まれる抗うつ剤の成分の影響を受けてハイになり、警戒心が薄れて敵に襲われやすくなっているという研究結果を発表しました。
これらの薬剤成分は、これを使用している人間の尿から下水道を経由して河川水中に放出されます。先進国では近年、向精神薬や麻薬の使用量が増えていることが問題になっていますが、環境中に放出された薬剤の量もそれにつれて増えています。これにより影響を受けてしまう生物も増加していると考えられています。
我々の思う以上に、魚介類は我々の使う「薬」に影響を受けているのです。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>