我が国では今や身近な食材とは言えなくなりつつあるコイですが、中東の国イラクでは今でも非常に親しまれている食材です。
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海無し県のご馳走・コイ
突然ですが皆様は「コイ」を食べたことはあるでしょうか。この質問への答えは、きっと地域によって大きく分かれるかと思います。
首都圏や京阪神地域では、食べたことがあるという人はきっと多くないでしょう。その他の大都市圏でもそこまで多くはないかもしれません。しかし山形の内陸部や茨城と千葉の利根川流域、長野、岐阜、愛知県東部、福岡県南部などでは、食べたことがあるもしくは日常的に食べているという人はそれなりの数になるはずです。
河川や湖沼などの内水面で育ち大きくなるコイは、かつては内陸部における主要な食用魚でした。現在は安い養殖魚が出回っていることや、流通技術が発達し全国どこでも海水魚が食べられるようになったためにコイを食べる機会は減ってしまっていますが、それでも上記の地域では古くからの食文化が根付いており、今でも一般的な食用魚の一つとなっています。
「内陸国」でもお馴染みの食材
コイを食用とするのは日本だけではありません。むしろ世界に目を向けると、今でも我が国より遥かにコイを食用としている国がたくさんあります。
そのような国が特に目立つのが、中東欧地域。ドイツの南部やチェコ、ハンガリー、ルーマニアなどといった国々で、コイはよく知られた食材です。とくに肉を食べるべきではないとされているクリスマスのシーズンに、コイ料理が盛んに食べられています。
これらの国でなぜコイが食べられているのかというと、海にあまり面していないかもしくは完全な内陸国であり海水魚が手に入りにくいこと、ドナウ川という欧州屈指の大河が流れておりコイなどの淡水魚が手に入りやすかったことなどが理由としてあげられます。
イラクの名物料理マスグーフとは
ヨーロッパでコイが食べられていると聞くと少なからぬ方が驚くと思うのですが、個人的にもっと意外だと思った「コイ食文化を持つ国」があります。それはイラク。
同国は面積の割に海岸線が少なく、人口密集地は同国を還流する中東一の大河、チグリス・ユーフラテス川に沿っています。そのため食べられている魚も同河川で水揚げされたものが多く、コイの仲間の魚たちが食用として流通しているのです。
同国で最も有名なコイ料理が「マスグーフ」。生きたコイを締めてすぐに開き、そのまま焚き火に当てて焼くというダイナミックな調理です。
いわば丸焼きなわけですが、遠火の強火でじっくり焼き上げることで柔らかくジューシーに焼き上がり、また炭火から立つ煙で燻製のようになるのでコイ独特の臭みも抑えられ、予想よりも遥かに美味しいです。日本人でも美味しく食べることができる味わいです。
距離的にも心情的にも近いとは言えないイラクですが、同じ「コイ食文化」を愛しているとわかるとなんだか少し近くなったような気がしますよね。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>