国を二分する討論が続けられてきた、福島第一原子力発電所の処理水。この度、これを用いた魚の「飼育実験」が行われることとなりました。
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原発の処理水でヒラメ養殖実験
その処理の仕方をめぐって長らく話し合いが続けられてきた。東京電力福島第一原発で発生し続けている「処理水」。この度、その処理水で「ヒラメを飼育する実験」を東京電力が始めており、話題となっています。
津波によりメルトダウン事故を起こした福島第一原発では、日々降り注ぐ雨水や染み出す地下水が、放射性物質で汚染されていきます。これを「多核種除去設備(ALPS)」という設備で処理し、放射性物質の大多数を除去したものがいわゆる「処理水」で、ALPS処理水と呼ばれることもあります。
今回の東京電力の実験は、この「処理水」を用いて、福島県沿岸部の主要漁獲物のひとつであるヒラメを飼育するというものです。
なぜ行うのか
処理水は現在、発電所敷地内のタンクに貯められていますが、事故発生から11年と半年が経過し、まもなく貯蔵限界を迎えてしまうと見られています。そのため2023年春をめどに、海洋放出による処分を始めることが決まっています。
しかし、これまで原発関連の海洋汚染や風評被害に苦しめられてきた地元漁業関係者のなかには「処理水の海洋放出で新たな風評被害が起こってしまうのではないか」という懸念が強く残っています。
処理水を放出するに当たり最も懸念されているのは「トリチウム」という放射性物質が除去できずに残っていること。放出にあたっては処理水の希釈を行い、国の安全規制の基準、さらに世界保健機関が示す飲料水水質ガイドライン基準を大幅に下回る水準までトリチウム含有量を下げてから行うということになっています。
安全性の実証
それでも自治体や漁業関係者から「実際に魚を飼って安全性を実証してほしい」という声があがったため、首記の実験が行われることになったのです。実験では通常の海水で飼育されたヒラメと処理水で育ったヒラメを比較し、安全性を確認します。また同様の実験はアワビや海藻を用いても行われるそうです。
各地の原発でも「養殖」事例
今回の件については大きなニュースとなり、SNSやニュース記事のコメント欄でも賛否両論の意見が飛び交っています。しかし、実は原発に関連する「排水」を使って魚を育てる例がすでに存在しているということはあまり知られていないようです。
新潟県柏崎市・刈羽村にある世界最大クラスの原発「柏崎刈谷原発」では、発電に伴い大量に排出される「温排水」を利用してイサキ科の食用魚「ヒゲソリダイ」の養殖が行われており、市販もされています。そしてこのような例は各地にあるのです。
原子力・火力発電所では、発電時に発生する蒸気を冷却するため大量の海水が用いられます。冷却後の排水は採水時と比べて温度が上がっており、とくに原発では7℃ほど高くなります。
このような「温排水」は、自然環境に放出されると周囲の海域の生態系に悪影響を及ぼすことが懸念される一方で、魚が活発に餌を取りやすい温度帯に水温を調整した上で魚の促成養殖に利用することもできます。温排水には厳格な安全基準が設けられており、養殖魚にも安全上の懸念はないといいます。
結果として温排水はひとつの「資源」として利用されているとも言えるのです。処理水が実際に安全であるならば、無限に発生し続ける水資源ということになる可能性もありますが、果たして実験の結果はどうなるでしょうか。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>