作家「開高健」は、日本にルアーフィッシングを紹介したパイオニアとして知られています。開高健記念会主任を勤める筆者が、彼のルアーセレクトや、愛用のタックルについて説明します。
(アイキャッチ画像提供:TSURINEWSライター菊池英則)
開高健とルアーの出会い
開高健とルアーの出会いは、1968年頃に西ドイツ滞在中に、現地の釣道具屋の主人にルアーフィッシングを教わったのがきっかけです。実際、バイエルン地方で見事にカワカマスをキャッチした事で、ルアーのとりこになります。
開高健のルアーボックス(提供:TSURINEWSライター菊池英則)愛用のルアー
開高は、日本にルアー釣りを持ち込み、広く紹介する事になりました。また、アブ社のリール「アンバサダー」シリーズや、アブ社のロッド「ディプロマット」など、こだわりのタックルを愛用していました。スウェーデンでは、実際にアブ社の工場を見学して、その製造工程の精密さに驚いています。
「ダーデブル」
スプーンは、赤と白のオーソドックスな「ダーデブル」を愛用していました。アラスカのナクネク川ででキングサーモンを釣ったルアーになります。現在主流の管理釣り場用スプーンに較べると、数倍の大きさのヘヴィなサイズです。
スプーン「ダーデブル」(提供:TSURINEWSライター菊池英則)「タドポリー」
タドポリーは、「開高ルアー」とも呼ばれ、当時の開高が、アメリカのヘドン社から取り寄せたルアーとしても有名です。オタマジャクシをイメージした物で、モンゴルでは、このタドポリーにリスの皮を貼り付けて、タイメン(イトウ)を見事キャッチしたと言われています。
オタマジャクシを模した「タドポリー」(提供:TSURINEWSライター菊池英則)万策尽きたらエサ釣り
開高は、基本的にルアーでしか釣りをしませんでしたが、フライフィッシングや、エサ釣りをしたケースもありました。実際、井伏鱒二氏と釣りに行った時には、フライを「ハーリング」して鱒をキャッチしています。
また、1984年に、アラスカのキーナイ川の60ポンド(27kg)のキングサーモンをキャッチした時は、仕掛けの先に、筋子を縛り付けていたと言われています。
「万策尽きるとエサ投入」ですが、やはりルアーの美学にこだわった開高にも、人の子としての一面もあったように思われます。
<菊池英則/TSURINEWSライター>


