口コミで上映延長&連日満席となった、ドキュメンタリー映画『浦安魚市場のこと』。企画経緯や注目を集める理由について、歌川達人さんにお話を聞きました。
(アイキャッチ画像提供:Song River Production)
映画『浦安魚市場のこと』
千葉県・浦安市。現在では東京ディズニーリゾートの所在地やベッドタウンとして認識されることが多いですが、かつては漁師町として栄えていました。
そんな浦安の地で、2019年3月末に閉場した「浦安魚市場」は、一般的な公設の市場ではなく、協同組合の形態で各店舗が協力し合いながら現代まで続いてきました。
浦安魚市場の閉場までの1年半を追ったドキュメンタリー映画『浦安魚市場のこと』は、昨年12月の渋谷イメージフォーラムでの公開を皮切りに全国へと順次展開。舞浜シネマイクスピアリでの上映が口コミで4週間延長になり、連日満席だったことなどを受け、今年4月以降も全国各地での上映が決定しています。
また、2月末には岩手県宮古市の「魚菜市場」内で上映会を実施するなど、映画館以外での上映にも積極的だといいます。
なぜ今、魚市場の最期を追ったドキュメンタリーが注目を集めるのか。その理由について、映画の企画経緯や撮影秘話と共に、監督を務めた歌川達人さんに聞いてみました。
タイムマシンのような映画
――なぜ「浦安魚市場」をテーマにしたのですか。
初めは、いろいろな人が出入りする「場所」を探していました。以前、東南アジアに行った際、市場のカオスな雰囲気が面白く感じて、”街”を感じられるなと。そんなことをぼやっと考えている時に森田釣竿さん(浦安「鮮魚 泉銀」三代目店主/フィッシュロックバンド「漁港」の包丁&ボーカル)に出会う機会があり、「1年後くらいに浦安魚市場が閉場するかもしれない」と伺いました。
実際に市場に行ってみると、少し薄暗くて、知らないとなかなか行かないような場所なのが、すごくいいなと感じました。1年も撮影していると市場の方々の営業の邪魔になってしまう懸念もあったのですが、浦安魚市場の方々が撮影を許可してくれたので、企画をスタートすることができました。
――現代を生きる人にとっては「魚市場」があまり身近ではないからこそ、映画を観ていて「懐かしさ」を覚える人も多いと思います。
パンフレットにコメントを寄せてくれた、窪田亜矢さん(東京大学・生産技術研究所・特任研究員)が「この映画はタイムマシンのようだ」と表現してくれました。つまりは、魚市場に行ったことがない人が追体験できる映画だということ。90分間ではありますが、「継続している時間」を追体験できるよう、そこに流れている時間を共有することを心がけました。
一方で、この映画を、浦安という土地を知らない地域の人も含めていろいろな人に観てもらうには、ある程度は登場人物を絞り、物語として語っていく必要があると考えていました。ただそうなると、今度は「魚市場を撮る」ということとずれてしまう部分もあります。
ある角度から見るとこう見える、別の角度からだとこう見えるということでしかなく、映画の内容は僕が入ったルートと僕の撮れた範囲でしかありません。いろいろな人が出入りしている「場所」の映画でもあるので、このギャップをどう埋めようかというのはすごく考えました。
観た人の何かと「重なる」
――映画を観ていて、魚市場の人たちとの距離感が非常に良く感じましたが、撮影をする際に何か意識したことはあるのでしょうか。
映画だけでなく、浦安魚市場で働いている人や出入りしている人に何かしら還元しなければとの思いがありました。
映像は「継続した時間」ですが、写真はその瞬間瞬間で余白があるので、複合的だったりコレクティブ(集合的)だったりしやすいです。昔の写真もたくさん出てきたので、写真集という形で共有することにしました。
また、映画内でも登場しますが、魚市場内に写真を展示したり来場者が記入できるノートを設置したり、プロジェクターとスクリーンを設置して映像を見てもらったり、映画以外にもいろいろと実施しました。それをやったことで、魚市場の人たちと距離が縮まった部分もあると思います。
――歌川監督から見て、「浦安魚市場」はどのような場所に映りましたか。
ステレオタイプをなるだけ持たず、あくまで「場所」で起きていること、その面白さを自分で受け止めて撮っていく中でいろいろなことを考えさせられました。
映画を観ていただいた方の感想やコメントで気付かされることもありますが、この映画は「小さな場所」についての映画なのだと思っています。時代の流れの中で、小さな商店や場所が無くなっていったり苦しくなっていったりすることが映っている。特に年配の人からすると、いろいろなものと重なって見えている部分もあって、それがある種のノスタルジーを感じさせるのかもしれません。
印象的だったのは、横浜で上映した際に中年男性が涙ながらにいろいろとお話ししてくれたことです。その方のご実家が八百屋を営んでいたそうで、「ダブった」と言っていました。魚屋さんの話をしているのですが、いろいろなものと重なって見えて広がっていく。自分が思っていたことが旅立って、全然違うところに行って様々な形で楽しんでもらえるのが映画の醍醐味ですが、横浜の事例はまさにそれで、とても嬉しかったです。
――映画館以外での上映にも積極的だそうですね。
岩手県・宮古市の「魚菜市場」で上映会を実施したところ、すごく好評でした。まずは市場内で漁業関係者向けに上映しましたが、初めは「面倒だ」と言っていた人たちも、いざ映画を観ると、上映後には内容について熱く語り合っていました。その後、一般向けにも上映会を実施し、多くの人に観てもらうことができました。
海外に住んでいたこともあるので強く感じるのが、日本は「海が近い」ということ。ほとんどの都道府県が海に面しているし、「海なし県」も現代では流通が整っていて、新鮮で美味しい魚が食べられる。つまりは、自分のルーツや生活と漁業が結びついている人が多いということだと思います。そうした人たちが多くいる地域でも上映していきたいので、「魚菜市場」のように映画館ではないところでの上映を増やしていけると嬉しいです。教育映画ではないのですが、観た後にいろいろと語り合うには良い映画なのではないかと思います。