暑い季節になるとニュースを賑わせる、寄生虫「アニサキス」による食中毒事故。この度、革新的な殺虫技術が開発されたのですが、手放しで喜べないとする意見も存在します。
(アイキャッチ画像提供:茸本朗)
アニサキスの被害は年々増加
いまや我々一般人の中で「最も知名度の高い寄生虫」といえるアニサキス。海産魚介類の生食を原因とする寄生虫症の中で、我が国で最も多発するものが、これが原因で引き起こされるアニサキス症です。
近年、アニサキス成虫の宿主であるクジラが日本近海で増加しており、アニサキスに寄生された魚自体が非常に多くなっています。また、芸能人のアニサキス症発祥のニュースが増えたことなどで、アニサキスという存在自体の認知もまた拡大したといえるでしょう。
これらの要因によりアニサキス食中毒患者の報告件数が増えており、今では「刺身を食べたあとに具合が悪くなった」ら、誰もがアニサキスを疑うような状況となっているようです。
アニサキスが「和食文化」を破壊する?
そんなアニサキスとアニサキス症ですが、アニサキスに「魚の鮮度が落ちると、本来の寄生部位である内臓から筋肉に移行する」という性質があることから「鮮度の悪くなった刺身や寿司」を食べることで感染すると思われがちです。
しかし実際はアニサキスにも個体差があり、非常に鮮度の良い魚で造った刺身であっても、すでにアニサキスが寄生している例はあるのです。そのため、生食料理を提供する際には、現時点でアニサキス症を0にするのはまず不可能といえます。
一方で、販売していた刺身や寿司にアニサキスがたまたまついていたために、購入者がアニサキス症を発症してしまい、そのために営業停止にまで追い込まれてしまう小売店は後をたちません。
アニサキス症は魚の生食文化のある我が国ではいわば「避けられない」ものであり、重篤化のリスクが低いことからある程度は「やむを得ないもの」として認識されてきたのですが、最近はこのように「販売者のペナルティ」が大きくなっている傾向があるようです。報道もセンセーショナルなものが多くなり、消費者の恐怖ばかりを喚起してしまうものが目に付きます。
そのため、現状では、生食料理を売る・提供するサービスはリスクが大きすぎるといえます。いまのままでは刺身や寿司などの「和食らしい鮮魚料理」を提供するお店は減る一方でしょう。
「殺虫」より消費者意識
そんな中、先日「アニサキスを殺虫する」新技術が開発されたというニュースが流れました。これは魚の身質を損なわず、アニサキスを100%殺虫できるという画期的な技術で、普及すればアニサキス症の中毒事故はかなり減らせることは間違いありません。
しかし、鮮魚を取り扱う業者の中には、このニュースに対して、予想外にニュートラルな反応を見せる人もいるようです。その理由は「アニサキスが殺虫できても、消費者の意識が変わらないと結局はクレームに繋がってしまうから」というもの。
筋肉中に入り込んだアニサキスは、殺虫できても自然に排出されることはありません。そのため、どうしても調理時に、目視で取り除く必要はあります。アニサキスアレルギーがある場合を除き、死んだアニサキスが人体に悪影響を及ぼす例はありませんが、しかし彼らは1~3cmと寄生虫にしては大きく、その死体は容易に目に留まります。
そのため、たとえ完璧に殺虫できたとしても、消費者の目に触れるとクレームとなってしまう可能性があるのです。上記の通り、アニサキスに対して必要以上に恐怖を煽る報道が続けられてきたこともクレームが起きやすくなることに繋がるでしょう。
「アニサキスは鮮度が良い刺身でも混入する」「死んだアニサキスは取り除けば害はない」ということをメディアがちゃんと伝えて、そして何より我々消費者が理解しておく必要があります。さもなくば、刺身や寿司という我が国が世界に誇る食文化は衰退の一途をたどってしまうでしょう。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>