かつて「東京からもっとも時間距離が遠い」と言われた三重県南部・尾鷲。その中でもさらに南端の僻地で生まれた、全国に知名度を広げつつある「梶賀のあぶり」をご存じでしょうか。
(アイキャッチ画像提供:野食ハンマープライス)
漁業が盛んな三重県尾鷲市
本州の南端に近い紀伊半島の南東部に位置する、三重県尾鷲市。良質な建築資材として知られる尾鷲ヒノキの造林を中心とした林業と、全国屈指の種類の水揚げを誇る漁業が盛んなことで知られています。
沖合に深海が広がり、黒潮の影響も強く受ける尾鷲では、日帰りの沿岸漁から深海のトロール漁まで様々な漁が行われています。その他、リアス式海岸が続く地形を生かして養殖も盛んに行われており、ブリやハタなどの高級魚も育てられています。
過疎化が進む梶賀町
そんな尾鷲市の南端、太平洋に突き出した半島の先端に位置する梶賀町(かじかちょう)。高規格道路が開通し、名古屋などの大都市からも行きやすくなった尾鷲ですが、梶賀町は市の中心市街地からも距離があり、海と山に囲まれ隔絶された僻地となっています。
社会学者の泉琉二が「典型的な漁村」と表現した梶賀町は、奥まった湾に構築された港を中心に、斜面に張り付くように集落が形成されています。天然の良港を抱え漁業が経済を支えていますが、全国的な傾向に漏れず、梶賀町でも高齢化と過疎化が進む現状があります。現在の人口は200人弱と最盛期の5分の1未満となっており、高齢化率は60%という典型的な「限界集落」です。(『100年前から作られてきた魚の燻製保存食「梶賀のあぶり」で経済活性』農山漁村ナビ )
梶賀を支える「あぶり」
そんな梶賀町ですが、実は現在、とある商材を生かした地域おこしが成功しつつある地域として注目を浴びています。
小魚を燻製した保存食
当地では100年ほど前から、サバの子やムツの子など、売り物にならないような小魚を燻製し保存食としていました。味付けは塩だけ、調理も燻製にかけるだけというシンプルなものですが、じっくり丁寧に時間をかけて作られたその燻製は非常に味わい深く、伝統的な保存食として愛されてきました。
予想以上の売れ行きに
これが梶賀町を訪れた町外の人によって評判となり、2009年に梶賀町婦人会の手によって「梶賀のあぶり」として商品化。祭りの会場や観光センターなどで販売したところ、予想以上の売れ行きがあったそうです。市からも注目され、2011年からは尾鷲市の特産品頒布会「尾鷲まるごとヤーヤ便」への納品も始め、県外の消費者にもPRできるようになりました。
2016年には、地域おこし協力隊の働きかけで、梶賀のあぶりの販売拠点となる「網元ノ家」が開設されました。真空パック商品の製造開始、旅行の土産に最適な小分けパックの開発などが行われ、梶賀のあぶりはヒット商品となりました。
現在では、専用の販売会社「梶賀コーポレーション」を設立し、デパート等での取り扱いも実現させています。商品開発の経緯や地域おこしへの貢献が評価され、2017年には全国青年・女性漁業者交流大会で水産庁長官賞を、翌18年には農山漁村女性活躍表彰で水産庁長官賞を受賞しました。梶賀のあぶりは、地方物産界における「優等生」ということができるでしょう。(『「自分を信じて続けること」あつれきも乗り越えて、地域の伝統食がヒット商品に』Gyoppy! 2019.8.23)
梶賀のあぶりを食べてみた
筆者も実際に購入してみました。
入手したのは、梶賀のあぶりの代表とも言えるサバの子と、売れ筋商品だというブリです。
サバ子は濃厚な味わい
サバ子は筋肉の旨みたっぷり。こくのある旨味があり、小さいために内部までしっかりと燻香が入っていて、味わいが非常に濃厚です。サバの子は脂が乗らないため、普通に加熱すると硬くぱさぱさになってしまうことが多いのですが、長時間じっくりといぶすことでパサパサ感や硬さもなく、しっとりホクホクに仕上がっています。
ブリは脂がたっぷり
ブリは対照的に脂がたっぷりと乗り、染み出した脂に芳ばしい燻香が乗って口中にブワッと広がります。舌の上でホロリと崩れる柔らかな質感が心地よく、人気の理由もわかります。
個人的にはサバ子のほうがより「じっくり燻した」という感じがあり、元の味を知っているからこその感動が大きかったです。
梶賀では他にも様々な魚種であぶりを作っているということで、折を見て食べ比べもしていきたいと思っています。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>