キジハタといえば、春から夏が旬のハタ科の一種。クエやマハタのように大型にはなりませんが、美味しいため高級魚としてよく知られています。しかしそんなキジハタですが、地方名がほかのハタとよく似ているため、誤同定による混乱も起きています。この混乱を防ぐためにはどうすればよいのでしょうか。なおここでは混乱を避けるために、標準和名をカタカナ、地方名をひらがなにしています。
(アイキャッチ画像提供:椎名まさと)
キジハタはどんな魚?
キジハタはスズキ目ハタ科アカハタ属の魚です。体色は褐色で、体側に橙色の斑点があり、多くの場合、背部にも数個黒色斑があります。
全長は40cmほどになり、ハタ科としてはそれほど大型種ではありませんが刺身や焼き物、汁物、鍋物などで美味で、春~夏が旬とされています。
尾鰭は丸みを帯びており、オオモンハタなどとは容易に見分けられます。
分布域は広く、北海道以南の日本海岸、相模湾以南の太平洋岸~鹿児島県、瀬戸内海に見られますが、琉球列島には見られず、奄美大島、小笠原諸島の分布にも「?」マークがつきます。
なお、海外では朝鮮半島、台湾、中国、香港、トンキン湾にまで分布しています。東アジアの大陸棚に特産のハタといえます。
キジハタに寄生する「イカリムシモドキ」
キジハタにはときにイカリムシモドキと呼ばれる、管口目ヒジキムシ科イカリムシモドキ属の寄生生物がついていることがあります。
この寄生生物はキジハタのほかにもアカハタやオオモンハタなどのハタ類に寄生することが知られており、ハタの仲間を主要な宿主としているようです。
イカリムシモドキはカイアシ類と呼ばれる甲殻類の一種であり、ヒトには無害です。
キジハタの地方名
キジハタは西日本でよく食されている魚で、呼び名も多数あります。
「あずきます」「あこう」「あこ」
「あずきます」は愛知県や三重県などで多く呼ばれており、体色に小豆色の斑紋がある「ます」の意味になります。「ます」はもちろん「鱒」のことではなく、『新釈 魚名考』では、「ます」はまっすぐな筋の意で、まっすぐな横縞のある魚の意でよぶのだろう、としています。
ほかの地方名としては「あこう」「あこ」(和歌山県、大阪府、明石、広島、福岡など)が有名で、先述の『新釈 魚名考』においては「旨い魚の意であろう」としています。また、「あずきあこう」という「あずきます」と「あこう」を足して2で割ったような地方名もあります。
紀州網代の「ほうそううお」という地方名は、「疱瘡の魚」という意味で体側の赤い斑点を疱瘡に見立てたもののようです。
長崎では「のみのくち」「あかあら」
長崎では「のみのくち」と呼ばれ、これも体側の赤い斑点をノミに刺された跡に見立てたものとされます。なお標準和名でノミノクチと呼ばれるハタ科の魚がいますので、混同に注意が必要です。
いずれにせよ体側の斑点に因む地方名が多く、そもそも標準和名のキジハタも静岡、神奈川地方の呼び名で、赤い斑点が散らばりキジの羽根に似ていることから来ているとされています。
長崎では「あかあら」とも呼ばれています。これは体色が赤みをおびていることからそう呼ばれていますが、学名の種小名にもなっています。これはキジハタは長崎県で採集された個体をテンミンクとシュレーゲルが記載したものです。同様にアオハタの種小名 awoara も同様の意味になります。
アズキハタと呼んではいけない!
さて、キジハタの地方名「あずきます」ですが、サケ科のマス類との混同を避けるために「あずきます」ではなく、「あずきはた」という名前で呼んでしまうというケースもあります。
しかしこれはいけません。というのも、アズキハタというのはまた別のハタ科の標準和名であり、混乱を招くことがあるからです。
本物のアズキハタはこんな魚
アズキハタ(学名 Epinephelus leucogrammicus[Valenciennes, 1828])はキジハタと同じくスズキ目・ハタ科・アカハタ属の魚類です(従来は別属ともされた)。
体側に赤い斑点がありキジハタによく似ていますが、体高が低く体側には白い縦線が複数入るという特徴があり、同属の他のハタと見分けることができます。インド‐太平洋のサンゴ礁域に生息している熱帯性の魚類で、国内では琉球列島と小笠原諸島にのみ生息します。
「沖縄さかな図鑑」では「シガテラ毒を有することがあり市場価値はやや低い」とあります。ただし実際に食して見ると美味しい魚でした。
アズキハタは書籍によっては山口県日本海沿岸でも漁獲されている(例,日本産魚類検索 全種の同定 第三版.東海大学出版会,2013など)、とありますが、おそらくキジハタの間違いであると思われます。
実際に山口県の日本海沿岸の魚の標本や画像を集めて報告した「証拠標本および画像に基づく山口県日本海産魚類目録(園山貴之・荻本啓介・堀 成夫・内田喜隆・河野光久著・鹿児島大学総合研究博物館、2020年)」の中にもアズキハタは収録されていません。これも混同による混乱の例といえるでしょう。
標準和名で覚えよう
上記のように魚の地方名や別名のなかには別魚種と混同しやすいものがあり、それが原因で混乱を招くことがあります。それを避けるのには、魚を標準和名で覚えるのがいちばんです。
信頼できる魚図鑑を見ながら標準和名を覚えましょう。
参考文献
・榮川省造.(1982)、新釈 魚名考、青銅企画出版、607p
・長澤和也・村瀬拓也・園田純雄・本吉宏記(2021)、鹿児島湾産オオモンハタに寄生していたイカリムシモドキ: 鹿児島県からの第 2 記録、 Nature of Kagoshima 48: 133?137
・日本魚類学会編(1981)、日本産魚名大辞典、三省堂、848p
・下瀬 環(2021)、沖縄さかな図鑑、沖縄タイムス社、208p
<椎名まさと/サカナトライター>