世界屈指の海岸線延長を誇る我が国には非常にユニークな魚食文化が多く残りますが、今回ご紹介する「ぜんまい」は、それを食べる地域以外の人にとってはとても信じられないような食材と言えます。
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山の美味しいゼンマイ
皆さんは「ゼンマイ」と聞いたらどのようなものを思い浮かべるでしょうか。
おそらく最も多くの人が連想するのは「ぜんまい仕掛け」のぜんまいかと思います。金属を渦状に巻いて作る動力発生装置ですね。
しかし、美食家の人なら必ず「山菜のゼンマイ」も連想するはずだろうと思います。ゼンマイは山菜の中で最も知名度の高いもののひとつで、煮付けやナムルなどに欠かせない食材。上記のぜんまい含め「渦巻状のもの」をぜんまいと呼ぶのはこのゼンマイに由来します。
海の「ゼンマイ」はアイゴの内臓
さて、海の中にも「ぜんまい」と呼ばれるものがあります。そしてそれは山菜のゼンマイと同様、食べることもできるものです。
その正体は「アイゴ」という魚の内臓。海藻などを好んで食べる植物食性のアイゴは、陸上の草食動物と同じように長い消化器官を持ち、腹部にとぐろを巻いて収まっています。この消化器官が非常に目立つ形なのでぜんまいと呼ばれているのです。
アイゴは磯臭い魚だと言われることが多いですが、中でもとくにこの内臓は強い匂いを放ちます。腐敗した野菜やアンモニア様の匂いと表現されることもあり、死ぬと身にもその匂いが移ってしまいます。そのため、アイゴを食べる人の多くは活け締めをするとすぐに内臓を取り出し破棄してしまいます。
とても臭いけど美味しい
しかし、なぜそんな「アイゴの内臓」にわざわざぜんまいなる通名がつけられているのでしょうか。その理由はズバリ、これが「食材として人気がある」からです。
アイゴの内臓は瀬戸内や四国では珍重される食材です。当地ではアイゴは内臓を取らず丸のまま煮付けるべき魚だと考えられており、ときには内臓のみで調理される場合もあります。
不思議なことに、当地で漁獲されるアイゴは食性あるいは食べている海藻類が他の地域のものと異なるのか、磯臭さが少なく、内臓までも美味しく食べることができます。加熱すると渦巻き模様を構成する白い内臓脂肪がとろけて、ほろ苦い味わいと合わさりとても美味しいです。
東日本や南日本など、他の地域の人からするとアイゴの内臓を食べるなんてとても信じられないものだと思いますが、一度食べてみればきっとその認識も変わるのではないかと思います。東西に長い日本、ところ変われば内臓の味も変わるものなのかと感心させられる食材なのです。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>