好みが分かれるものの、好きな人にとってはたまらない食材であるホヤ。岩場などに張り付いて固着生活を行う生物ですが、実は幼体の頃は尾が生えていて「泳ぐ」ことが可能です。
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夏に食べたいホヤ
通好みの食材として知られ、特に東日本で高い需要があるホヤ。苦味と甘味、旨味などが複雑に絡み合った風味は好みこそ分かれるものの、好きな人にはたまらない食材です。
丈夫な革のような殻を剥くと中からオレンジ色の実が現れることから、「海のパイナップル」とも呼ばれることがあるホヤ。もちろんパイナップルのように甘いわけではないものの、ジューシーで噛むとエキスがじゅわっと出てくるところはパイナップルと一緒です。
そんなホヤの旬は夏と言われています。この時期はグリコーゲンと呼ばれる糖類が増え、食べると元気になるとも言われます。栄養だけでなく、刺身や酢の物など冷たい料理でさっぱりと食べるのに向いていることも、暑い夏に合うとされる理由でしょう。
ホヤとはどんな生き物か
我が国で食材として主に流通するホヤは「マボヤ」と「アカボヤ」の2種類。お隣韓国ではこの他に「エボヤ」という種類も流通しています。
ホヤ類は世界的に生息する生き物ですが、食用となるホヤは北に行くほど漁獲量が増える傾向があります。日本での主要漁獲地は北海道、岩手、宮城などです。
ホヤはカキのように固着し、殻の中に柔らかい身が包まれていることから、ときに「ホヤ貝」と呼ばれることがあります。しかし彼らは貝類(軟体動物)ではなく、「脊索動物」と呼ばれる比較的原始的な動物のグループに含まれます。
彼らは海中の岩などの障害物に付着し、入水管からプランクトンやデトリタスを含んだ海水を吸い込み濾し取って摂食し、出水管から不要な排泄物とともに海水を排出して暮らしています。雌雄同体でオスメスの差がありません。
ホヤのユニークな生態
海中に動かず佇むホヤは、他にもユニークな生態が知られています。彼らは幼体のうちは、背骨の原型とされる脊索や神経管を持っていますが、なんと口や消化器官は存在しません。
そしてそもそも彼らの体には、運動神経細胞が10個程度、筋細胞が36個しかありません。ちなみに我々ヒトの脳内にある神経細胞の数はおよそ860億個とされているので、彼らの細胞数がいかに少ないかがわかります。
しかしそんなホヤの幼体は、なんと海中を漂うように泳ぐことができます。一般的な生物は、神経細胞から筋肉に電気信号を送り、筋繊維を収縮させて体の部位を動かし泳ぎます。しかしホヤの幼体は電気信号ではなく、一つ一つの筋肉細胞に含まれるカルシウムの量を調整することで、僅かな筋細胞をリズミカルに収縮させ、尾を動かして泳いでいるそうです、
尾を器用に動かして泳ぐ様子はまるで「オタマジャクシ」のようだと言われます。岩に固着する成体の様子からは全く想像がつきません。身近な食材であるホヤですが、意外にもいろいろと不思議な生き物でもあるのです。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>