過日、大阪湾に巨大なクジラが迷い込み、息絶えました。その死体が大阪湾沖に沈められることになりましたが、これは環境に対してどのような影響をもたらしうるのでしょうか。
(アイキャッチ画像提供:PhotoAC)
大阪湾に迷い込んだクジラ死す
今月9日、大阪湾最奥部の淀川河口付近に大型のクジラが迷い込み、全国的な話題になりました。このクジラは大型のハクジラの一種である「マッコウクジラ」と見られ、淀川にちなんだ「淀ちゃん」という愛称もつけられ見守られていました。
しかしこの「淀ちゃん」は大阪湾内に迷い込んだ時点で何らかの事情で衰弱していたと思われ、その場から動くこともできず、発見当初は観察されていた潮吹き(呼吸)も徐々に見られなくなっていきました。
そして、発見から3日後の12日には、専門家から「死んでいるとみられる」というコメントが発せられました。翌13日には大阪市が淀ちゃんの生死確認を行ったのですが、やはり死亡していると判断されてしまいました。
しばしば見られる「迷いクジラ」
今回のような例は、実はは珍しいものではありません。大阪湾や東京湾など袋状になった内湾の湾奥部では、しばしば迷い込んだクジラが発見されることがあります。この記事を執筆している最中にも、東京湾でザトウクジラとみられる個体が確認されました。
今回の淀ちゃん(マッコウクジラ)は本来、黒潮の流れる太平洋(フィリピン海)沿岸に生息しているのですが、何らかの原因で体力を失い、潮の満ち引きの流れに乗って大阪湾に入り込んだとみられています。
また東京湾では以前にもザトウクジラと見られるクジラが入り込み、しばらく船舶向けのクジラ警報が発令された事があります。クジラの巨大な体と衝突すれば船舶も無事ではないからです。ザトウクジラの場合は、東京湾奥の豊富な魚を追いかけて入り込み、狭い港湾部から出られなくなったのではないかと思われます。
元気なクジラでも迷いこんでしまう理由については、クジラは超音波で障害物を探知して泳ぐのですが、船のソナーが飛び交う港湾部ではその機能が使えず、うまく泳げなくなり、そのまま外洋へ脱出できなくなってしまうのではないかと言われています。
クジラの死体が「新たな生態系」をもたらす?
さて、淀ちゃんの死体の処理については、様々な意見の中で「沖合に曳航し沈める」という処理方法が採用されました。これはシンプルに言えば「自然に還す」という考え方だといえます。
クジラの死骸はタンパク質の塊であり、海中においては魚や甲殻類を始めとした様々な生物の餌となります。特に深海底に死骸が落下した際は、それを食べるために膨大な深海生物たちが集まり、さらにそこに集まった生き物たちを捕食する生き物が集まるなどして、その場に全く新しい「巨大な生態系」が構築されます。
鯨骨生物群集
この生態系を専門用語で「鯨骨生物群集」とよび、様々な研究者たちの調査の対象となっています。沈められた淀ちゃんの死体がどのような生態系を育むのかについては、今後も注目が集まることでしょう。
ただ一方で、マッコウクジラの死骸は浮力が強く、本来は沈まずに海中を漂うために鯨骨生物群集を構築することはないという話もあります。そうであれば、今回の処理は「本来沈まないはずのクジラの死体を無理やり沈める」という形になってしまい、逆に不自然なものとなってしまう可能性もあります。
このような行為が自然界にどのような影響を及ぼすのかについては未知数であり、こちらの意味でも今後注目を集めることになるかもしれません。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>