ライトゲーム愛好家に聞く「シーバスがあまり好きではないワケ」とは?

ライトゲーム愛好家に聞く「シーバスがあまり好きではないワケ」とは?

釣りをしていれば、一般的には人気が高いのに、自分だけはどうしても好きになれない魚種というものがある。私にとって、それがシーバスである。もちろん魚としての魅力は理解している。引きは強く、サイズも出やすく、都市部でも狙えるゲームフィッシュとして完成度は高い。しかし、それでも私はシーバスが苦手である。むしろ嫌いと言っていい。その感情は単なる好みではなく、長い時間をかけて積み重なった苦い経験に由来している。

(アイキャッチ画像提供:TSURINEWSライター井上海生)

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井上海生

フィールドは大阪近郊。ライトゲームメイン。華奢なアジングロッドで大物を獲ることにロマンを感じます。

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ショア ソルトルアー

感情的な結論

私が海釣りを始めた頃、最初に本気で狙った魚がシーバスだった。当時は雑誌や動画の影響もあり、「まずはシーバスから」という感覚が強かった。都市河川、港湾、バチ抜け、明暗部。そうした定番パターンをなぞるように通い続けた。

しかし結果は散々である。ほぼ一年間、まともに釣れなかった。何をやっても反応が出ない。周囲では普通に釣れているように見えるのに、自分だけが外し続ける。その感覚は想像以上に精神を削る。

もちろん今振り返れば、経験不足や理解不足も大きかったのだろう。ただ、当時の「なぜ釣れないのか分からない」という苦しさは、今でも強く記憶に残っている。結果として、シーバスという魚そのものに苦手意識が染みついてしまった。

外道としての存在

さらに厄介なのは、ライトゲームをしているとシーバスが「外道」として現れる点だ。メバルやアジを狙って繊細に組み立てている最中、不意に重いバイトが出る。そして始まる強引なファイト……。

ライトゲーム愛好家に聞く「シーバスがあまり好きではないワケ」とは?不意のLTシーバス(提供:TSURINEWSライター井上海生)

もちろん魚としては価値がある。しかし、こちらが求めているゲーム性とはまるで違う。ライトゲームは、軽量リグを操作し、小さなアタリを拾い、レンジや流れを細かく詰めていく釣りである。

その繊細な世界に、突然シーバスが乱入してくる感覚がある。特に汽水域では避けようがなく、むしろ高確率で掛かってしまう。そのたびに、本命の流れを断ち切られるような感覚になる。

タックルとのミスマッチ

問題は、ライトタックルとシーバスの相性が決して良くないことである。アジングロッドやメバリングロッドでは、60cmを超えるシーバス相手に主導権を握るのが難しい。

ドラグを使いながら時間をかけて寄せるしかなく、魚にもこちらにも負担が大きい。しかも、そのやり取りの最中にラインブレイクやフック伸びの不安も常につきまとう。ようやく寄せたと思っても、最後の突っ込みでバラすことも多い。

そうなると疲労感だけが残る。仮にキャッチできたとしても、「よく釣れた」という達成感より、「疲れた」が先に来ることすらある。これはシーバス専用タックルで狙っている場合とは感覚が違う。

ライトゲーム中に掛かるシーバスは、どうしても「事故」に近い存在になりやすい。

ライトゲーム愛好家に聞く「シーバスがあまり好きではないワケ」とは?なんとか釣れるけれど(提供:TSURINEWSライター井上海生)

釣りのリズム崩壊

そして何より大きいのが、シーバス一尾によって釣り全体のリズムが崩れることである。ライトゲームはテンポが重要である。キャスト、レンジ確認、回収、再投入。この流れを繰り返しながら、魚の位置を探していく。

しかしシーバスが掛かると、その流れが完全に止まる。長いやり取り、ラインチェック、リグ交換。場合によってはポイント自体を潰してしまうこともある。

特にメバルのような繊細な魚を狙っているとき、この中断はかなり痛い。集中力も切れやすく、結果として釣り全体の組み立てが崩壊する。

ライトゲーム愛好家に聞く「シーバスがあまり好きではないワケ」とは?いまだ残る苦手意識(提供:TSURINEWSライター井上海生)

もちろん、シーバスが好きな人の気持ちは理解できる。むしろ多くのアングラーに愛される理由も分かる。

しかし、私にとってシーバスは「楽しい魚」というより、「苦しめられた」なのである。釣りを始めた頃の挫折、ライトゲーム中の事故的ヒット、長引くファイトによる消耗。それらの積み重ねが、今の苦手意識につながっている。

魚そのものが嫌いというより、シーバスにまつわる記憶が嫌いなのかもしれない。

<井上海生/TSURINEWSライター>

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