前回の「サケ科魚類を詳しく知る 降海と遡河(そか)の生態と婚姻色(4/8)」では、産卵におけるサケの生体と婚姻色について説明した。今回は今回はサケの遡上と生態系にについて詳しく説明していこう。
サケを狙う動物たち
北の大地・北海道。盆を過ぎると、カラフトマスの遡上が始まり、12月までシロザケの産卵が続く。ロシアのカムチャッカやアメリカのアラスカでは、魚体を婚姻色に染めたベニザケ、ギンザケ、マスノスケが川を埋め尽くす。そのサケ資源は人だけのものではない。
ヒグマなどの大型哺乳類、キタキツネなどの中型哺乳類、カモメなどの海鳥類、そしてオジロワシやオオワシなどの大型猛禽類が、冬眠前のあるいは越冬するための貴重なエサ資源として利用している。アラスカでは、ハイイログマ、アカキツネ、ハクトウワシが同じ位置を担う。
産卵のためのサケの遡河は、遡上河川の河畔生態系に生物多様性を高める役割を担っている。
サケが栄養を供給
貧栄養湖における栄養塩の限定要素はリンであることが多い。
カムチャッカ半島のクリル湖では10~15tのリンがベニザケにより供給されている。アラスカのイリアムナ湖に供給されるリンの60%がサケの死体からもたらされている。
ちなみに、クリル湖と同規模の北海道・支笏湖では、わずか25kgに過ぎない。同湖は閉鎖された貧栄養湖であり、ベニザケの陸封型であるヒメマスは生息するが、その供給量は限りなくゼロに近い。
森林の生態系維持に貢献
シロザケは、北海道沿岸から千島列島、ベーリング海、アラスカ湾と北太平洋を広く回遊している。シロザケの体内には海洋起源物質が蓄積され、沿岸の遡上河川の生態系に海の栄養素やミネラルをもたらず運搬者にもなっている。
キタキツネなどにより陸上に運ばれ、食べ残されたサケが周辺の森から多く見られる。サケを食べたクマ、シカなどの大型哺乳類の排泄物によっても、海洋起源物質は河畔森林に運ばれる。サケの遡上によりもたらされた栄養分は、河畔森林の土壌を肥えさせ、森林植物もその恩恵を享受している。
動物によって食べ残されたサケの死体は、川の中や陸上で微生物によって分解される。死体が微生物により分解される過程において、河川内の枯葉、石礫、倒木などの表面に付着する微生物は著しく増加する。そして、これらをエサとするトビゲラ類、カワゲラ類、カゲロウ類などの水生昆虫が増加。
この水生昆虫は、やがて羽化、浮上するサケの稚魚、幼魚の大切な食糧ともなる。資源量の多いカラフトマスやベニザケの遡上が多い年には、ギンザケやマスノスケの幼魚の成長が早いことが知られている。
恐らく、河川残留型のサケマス類の成長にも少なからず影響を及ぼしているものと推測できる。
河川より海へ
降雨により山の栄養素は高地から低地へと運ばれ、海へと流出。
海洋起源物質の運搬者はサケだけではないが、北の大地では海と川を回遊するアユやウナギなどの魚類は少なく、その担い手は海鳥類に限定されており、サケが海洋起源物質運搬者としての役割は大きい。
アラスカにおいて、サケを摂餌できる河畔に生息するハイイログマが、ほかの地域に生息する個体に比べて、体サイズが大きく、産子数が多く、生息密度が濃いことが報告されている。
サケの産卵のための遡河は、それほどまでに生態系に影響を及ぼしているのである。
サケの遡上と循環
これらは、サケ孵化場のある北海道の河川でも同様のことが言える。サケ孵化場は、サケの自然繁殖の機会を絶ち、結果として地球生態系における物質循環の流れを絶ち、河川生態系はもとより、河畔森林生態系の生物多様性を縮小させている。これらに加えて、ダムや河口堰の建設、森林伐採、酸性雨、温暖化によっても、北海道では貧栄養化が進んでいる。
サケの死体や免疫力が低下し水カビ病に感染した魚体は、決して綺麗なものではない。だが、サケが自然繁殖する河川だからこそ、海洋起源物質の循環があり、河畔に生息する動植物を育んでいるのである。
産卵終え力尽きたシロザケの死骸
<週刊つりニュース版 APC・藤崎信也/TSURINEWS編>