「他人の評価と釣りの楽しさは無関係」 昨今の釣果至上主義に思うこと

「他人の評価と釣りの楽しさは無関係」 昨今の釣果至上主義に思うこと

ここ数年でシーバスを狙いに名古屋港周辺をよく訪れるようになった。元々渓流釣りやアユ釣り、エリアトラウトなど淡水の釣りばかり専門にしていた私は、勝手が違うソルトの釣りに大苦戦を続ける日々。しかし工夫や投資を重ねて、少しずつシーバスが釣れるようになってきたそんなある日のこと。

(アイキャッチ画像提供:週刊つりニュース中部版APC・戸松慶輔)

アバター画像 TSURINEWS編集部

お役立ち その他

小さい魚はいらない?

冬の冷え込みが厳しい日で、辛うじて40cmほどのシーバスを釣り上げた私は、意気揚々と写真撮影をしてリリース。苦労して釣れてくれたシーバスに大満足で帰ろうとポイントを後にしたところ、現地にいたとあるアングラーに声をかけられて少し談笑する。

「釣れましたか?」「えぇ、40cmくらいでしたがなんとか」のような会話をしたと記憶している。すると、「そんな小さい魚はオレはいらない」と唐突に話し始めた。聞けば最低でも70cm、むしろランカーくらいないと釣れてもうれしくないと。

私は20cmや30cmのシーバスだって釣れればうれしいが、そこは個人の価値観なのでとやかく言うつもりはない。そんな話を聞きながら、つい昔のことを思い出していた。

思い出される父の姿

私が釣りを教わったのは父だ。当時はとにかく釣果最優先の人で、小さかろうが大きかろうが一切関係なく、食べられる魚を数多く釣ることに価値を見出していたのを思い出す。今ではすっかり年を取って丸くなったのか釣果は二の次。楽しい時間を過ごせればそれで良いと言っているが(笑)。

「他人の評価と釣りの楽しさは無関係」 昨今の釣果至上主義に思うこと船釣りを始めてどっぷりはまる(提供:週刊つりニュース中部版APC・戸松慶輔)

こんな父の昔の姿を思い出しつつ、眼前のアングラーの話に耳を傾けていた。もちろん釣りに対するモチベーションや関わり方は人それぞれ。ただその中で「たくさん釣れなければ釣りにきた意味がない」「大物でなければいけない」という釣果至上主義を少しばかり疑問に思っている。

「価値」は人それぞれ

そもそも釣りって何だろうか。キャッチ&リリース派の人もいるだろうし、魚を釣って食べるのが楽しみだという人もいる。ただどんな釣りであれ、釣りの本質はレジャーなのだ。釣りを楽しむ人がたくさんいる中で、釣り人それぞれに考え方や美学、楽しみ方がある。たくさん釣った人や大物を釣った人だけが偉いわけではない。

「他人の評価と釣りの楽しさは無関係」 昨今の釣果至上主義に思うことヘラブナも白い魚体が美しい(提供:週刊つりニュース中部版APC・戸松慶輔)

初めて魚が釣れたときの感動、うっとりするほどの美しい魚体を手にしたとき。魚の居場所を想像して狙い通りにヒットした瞬間。釣りはどの瞬間を切り取っても、他のレジャーにも劣らない魅力がたくさん詰まっている。

こうした感動を味わった人たちが、今もなお釣りの魅力に取り憑かれて釣り場へ足を向けているはず。他の人には分からない、自分なりの「価値」があるのだ。

魚との一期一会を楽しみたい

そんな小さな魚で。たった1匹で。こう考えるのはその人の価値観なのだからそれは自由だと思う。ただそんな言葉をひとたび発信してしまえば、SNSが発達した昨今では否が応でも周りの目に触れることになる。

「他人の評価と釣りの楽しさは無関係」 昨今の釣果至上主義に思うこと筆者の釣りの原点となるアマゴ(提供:週刊つりニュース中部版APC・戸松慶輔)

私は釣果至上主義を否定はしない。ただそれを他の人に乱暴に投げつけるようなことはして欲しくないと感じている。

他人の評価と釣りの楽しさは関係がない。自分にとって最高の魚との一期一会をぜひ楽しんでもらえたらと思うし、私自身もふと再認識させられた瞬間だった。

<週刊つりニュース中部版APC・戸松慶輔/TSURINEWS編>

この記事は『週刊つりニュース中部版』2024年4月5日号に掲載された記事を再編集したものになります。