我が国には、海川問わず「どんこ」と呼ばれる魚が生息しています。そしてそのいずれもに「汁の具材にすると美味しい」という共通する特徴があります。
(アイキャッチ画像提供:PhotoAC)
秋はどんこ汁の季節
気温が下がり金木犀の花が香るこの季節。朝晩の冷え込みに、ついつい温かい汁物が恋しくなります。
秋に美味しくなる魚介類は多く、海鮮の入った汁物は魅力的な存在。我が国は各地に「秋の美味しい魚介類の汁」がありますが、岩手の「どんこ汁」もその一つといえるでしょう。
その作り方はとても簡単で、内臓と鱗を取ったドンコを頭ごとぶつ切りにして野菜類とともに煮立て、味噌を溶くだけというもの。具材はお好みですが、肝は必ず入れなくてはいけません。
どんこのホクホクした身と、肝から出る濃厚な油が心と体を温めてくれる一杯。岩手の三陸地方では秋から冬にかけて欠かせない料理で、旧暦の10月20日(西暦の11月中頃)にはこのどんこ汁を神前に備え、豊漁を祈るという文化も残っています。
どんことはどんな魚?
この「どんこ汁」で用いられるどんこは、正式和名をチゴダラという魚です。名前の通りタラの一種で、水深数mから数百mまでの広いレンジに生息しています。
チゴダラは頭が大きくて尾が細く、まるで大きなおたまじゃくしのような見た目をしているのが特徴。動きがにぶそうなシルエットに見えるためかどんこ(鈍子)と呼びならわされてきました。
チゴダラは見た目が悪いことや、身に水分が多く鮮度落ちが早いことなどから、市場に出回ることはあまり多くない魚です。そのため漁師の自家消費用とされ、それがどんこ汁という豪快な郷土料理が存在する理由でもあります。
ちなみに、かつてはエゾイソアイナメという魚もどんこの一つとして認識されていましたが、最近の研究により「実はチゴダラと同一種だった」ということが判明し、正式な和名としては扱われなくなりました。
川にもいる「どんこ」
というわけで岩手を中心とする東北地方でどんこといえばこのチゴダラを指すわけですが、一方で西日本では必ずしもそうではありません。
西日本でどんこと呼ばれる魚のうち、もっとも多いのはヌマチチブなどの淡水に生息する黒いハゼ類でしょう。大きさこそ10cmたらずのサイズですが、黒くて頭が大きくぬるっとした見た目からか、こちらもどんこと呼ばれています。
また、ハゼの近縁のカワアナゴ科には、正式和名がドンコというちょっと可愛そうな魚もいます。これもまた黒くて頭が大きい上に、実際に動きもかなり鈍重で、水の中で簡単に捕まえることができることからこのように名付けられたのでしょう。
これらのどんこは、いずれも海のどんこ同様に良い出汁が出るため、汁物にすると美味しいという共通点があります。ただし、肝の脂が身上である海のどんこは味噌で、ぷるぷるした皮が美味しい川のどんこは醤油で味付けする、という大きな違いはありますが。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>