世界中で廃棄物による海洋汚染が問題となっていますが、「ゴーストフィッシング」はその中でもとくに深刻なものと考えられています。
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古タイヤでヤドカリが死亡?
弘前大学の研究者が行った調査により、海洋投棄された「古タイヤ」が海洋生物に意外な形のダメージを与えていることが判明しました。餌や隠れ場所を求めてタイヤの内側に入り込んだヤドカリが、脱出できないまま中で死んでしまっていることがわかったのです。
研究チームは、水槽と海中のそれぞれの環境で、古タイヤの内側に入り込んだヤドカリがタイヤから脱出できるかどうか調べる実験を行いました。その結果、タイヤの中に閉じ込められたヤドカリは1年間の合計で1300匹近くにも上ったといいます。タイヤから脱出できたヤドカリは1匹もいなかったそうです。
タイヤの中に入り込んだヤドカリは、タイヤの反り返った内部構造のために脱出ができなくなり、やがて死んだと考えられています。そしてタイヤは「ゴムと金属部品」という水中でも腐食しにくい物質で構成されており、一度海中に投棄されると長期に渡りヤドカリを殺し続けると考えられ、大きな環境破壊につながるものと見られています。(『外来魚「ブラウントラウト」大量繁殖で』日テレNEWS24 2021.10.19)
「ゴーストフィッシング」
このタイヤのように、人間が投棄した人工物によって海中生物が長期間殺され続けることがあります。この現象は、誰も関与していないのに生物たちが捕まり続けてしまうことから「ゴーストフィッシング」と呼ばれています。
中でも大きな問題になっているのが、投棄された漁具によって引き起こされるゴーストフィッシングです。
カニ類を漁獲するためのものであるカニカゴを始め、漁具のなかには一度入り込んだ生き物が外に出られない構造になっているものがあるのですが、そういったものが海中に投棄されると、中で死んだ生き物が餌となり新たな犠牲者を呼び寄せるため、半永久的にゴーストフィッシングが起こり続けることになってしまうのです。タコやアナゴ、カニなどは漁獲量よりゴーストフィッシングによる被害量のほうが多いという説もあるほど。
また直接的なターゲットでなくても、投棄された漁網にウミガメなどの貴重な生物が絡まって死んでしまう例も多数報告されています。しばしば釣り人のマナー問題として糾弾される「釣り人が投棄した糸に絡まって死んでしまう水鳥」も、ゴーストフィッシングの被害者と言えるかもしれません。
今後に向けた動き
ゴーストフィシングが起こる最大の要因に「漁具は劣化しにくい素材で作られている」ということが挙げられます。海洋という過酷な環境下での耐久性を高めた結果が裏目に出ているのです。
しかし逆に考えれば、「自然環境下で分解される素材」で作られた漁具はゴーストフィッシングを引き起こす期間が短くなるということです。そのような考え方からいま、素材に生分解性プラスチックを使用した漁具の導入が進んでいます。
また、海洋投棄された、あるいはロープが切れるなどして沈んでしまった漁具を回収する動きも始められています。国連の食糧農業機関総会において採択された「責任ある漁業のための行動規範」にも、ゴーストフィッシングの抑止を目的とする要求事項が盛り込まれ、世界的な課題として認識され始めていることがわかります。
ゴーストフィッシング問題の解決のためには、各国が協力して対策を行う必要があるのです。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>