中国地方西部の山間部では、古くから「ワニの刺身」がごちそうとされてきました。実はこれ、いわゆる「ワニ」とは全く違う食材なのです。
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島根で「ワニ料理」が話題に
島根県の山奥にある飯南町。この町にある道の駅「道の駅頓原」に登場したとある料理が注目を集めています。それはなんと「ワニ料理」。
道の駅併設のレストランでは「ワニステーキ」や「ワニしゃぶ」などのメニューが提供されており、目玉料理となっているそう。この道の駅では6年前からワニ料理を試作的に提供しており、ワニの刺身やワニフライなども食べることができるそうです。
実際に食べた人からは「まるで美味しい白身魚のよう」「淡白でクセがない」と好評を得ているといいます。(『新作「ワニ料理」登場 (島根・飯南町)』さんいん中央テレビ 2020.9.22)
「ワニ」の正体
さてこのワニですが、実は動物園で見かけるあの爬虫類のワニではありません。中国地方の中山間地で「ワニ」といえば、なんと魚の「サメ」を指すのです。
サメのことをワニと呼ぶのは、この地域における古くからの文化です。お隣鳥取県に伝わる伝承「因幡の白兎」にもワニが登場するのですが、これはサメのことであるという説が一般的です。また現在でも、正式和名を「シロワニ」というサメの一種もいます。
中国地方の山間部では、サメは非常に親しまれている食材で、古くから郷土料理として食べられていたもの。今回「ワニ料理」にスポットライトがあたったのも、この古くからの食文化を観光の目玉とし、町おこしに活用しようという試みなのです。
なぜサメを食べるのか
しかし、海から遠い山間部で、なぜサメが愛されているのでしょうか。実は、「海からの遠さ」にその理由がありました。
多くの魚は身にヒスチジンなどのアミノ酸を含んでおり、常温で放置するとこれが食中毒原因物質であるヒスタミンへと変化し、腐敗してしまいます。そのため冷蔵技術のない時代に、海の魚を山奥へと運ぶためには、塩漬けや乾燥等の加工が必要となり、生食することは不可能でした。
しかし、サメなどの軟骨魚類は身に尿素を多く含み、これがヒスタミンの生成を抑制します。尿素自体が細菌の働きでアンモニアへと変化するため、強烈な匂いを放つのですが、食中毒を起こす腐敗には繋がりません。そのため、サメは山奥でも刺身で食べることができる唯一の魚として珍重されたのです。
当地では現在でも、サメの刺身はハレの日の食べ物とされているそうです。冷蔵技術が発達した現在では、新鮮で匂いのないサメ肉が流通するようになったのですが、今でもかつての「アンモニア臭いサメ肉」が珍重されることがあるのだとか。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>