埼玉県飯能市の入間川上流にある名栗湖(なぐりこ)って知っていますか?名栗湖は、ごく平凡などこにでもあるような山間の小さな湖です。ここにワカサギ卵の高機能孵化装置が設置されることになったということで、埼玉県のワカサギ釣り場で初めての試みを取材してきました。順調に装置が稼働すれば、魚影が濃い県内有数のワカサギ釣り場の誕生も夢ではないといいます。今から皮算用しても始まらないので釣りの話は置いておき、まずは高機能孵化装置とはいかなるものなのかを紹介したいと思います。
名栗湖の概要
名栗湖は入間川の支流である有間川の途中をダムで堰き止めた埼玉県西部の飯能市にある周囲5kmほどの小規模ダム湖。ダムは有間ダムといい、県が1986年に下流の洪水対策や灌漑、飲料用に建造した多目的の県営第1号のダム。
もちろん、漁業権が設定してあり、所管するのは入間漁協です。生息している魚種としてはヤマメ、イワナ、ニジマス、ブラックバス、コイ、そしてワカサギなど。
このうち、入間漁協が放流しているのはワカサギです。 ワカサギ釣りが名栗湖で解禁するのは毎年11月1日から。入間漁協はダム完成直後から名栗湖へのワカサギ放流を続けており、その歴史は県内の他のワカサギ釣り場と比較しても古く、歴史ある釣り場といっても良いでしょう。
ワカサギ卵孵化装置とは
孵化装置の名称は「付着沈性卵用孵化装置」といい、前述のとおり入間漁協が設置します。その際、専門知識を有する県水産研究所が装置の設置や孵化管理方法の指導などに当たります。
魚卵の孵化装置と聞くと、複雑な機械的システムを思い浮かべますが、いたって構造はシンプル。
大まかに説明すると、4本のアクリル製の円筒形パイプ、それを搭載する鉄製の架台、注水用パイプといった主要部品と浮桟橋、水中ポンプ、ソーラーパネルでの構成です。
架台を含めた装置の高さは約1.5メートル。
「孵化装置に浮桟橋?ソーラーパネル?」と疑問を持つ人もいるかも知れませんね?
浮桟橋は湖に浮かべて孵化装置を載せるためのもの。ソーラーパネルについては、孵化装置に水を送り込むための水中ポンプの電力を発電するために必要なのです。浮桟橋を浮かべる湖畔は電源がありませんから。
孵化するまでの流れ
では、ワカサギ卵はこの孵化装置でどのように孵化するのでしょうか。
まず、湖に浮かべた浮桟橋に孵化装置を載せ、湖水を水中ポンプで注水。そして、高さ1メートル直径約16センチの円筒形パイプに受精卵を手作業で投入します。湖水は常時、パイプの底部から注水され、上部から排水されて湖に流れ落ちます。
この注水で卵や稚魚の生存に必要な酸素が供給されるとともに、パイプの中の卵が対流します。
パイプ内での卵の対流は非常に重要です。対流することで、ミズカビなどの水生菌が発生しにくくなるほか、死卵が浮いてくるので、その除去が容易になるからです。
パイプに投入された卵は、一定の温度(積算温度200度)に達すると、いよいよ孵化が始まり、数ミリの稚魚が誕生します。この段階での稚魚は半透明で、確認するのは難しいですが、目を凝らすと、光線の加減でキラキラと光るので分かります。
生まれた稚魚は、水流とともにパイプの上へ、上へと浮上し、そして湖に繋がれたパイプを通して、外部へ泳ぎ出るのです。
孵化装置導入の経緯
これまで入間漁協が名栗湖で行っていたワカサギ卵の放流方法は、シュロの木の繊維(シュロ毛)に受精卵を付け、自作の孵化器にセットして湖に浮かべるやり方です。
言葉にすると簡単ですが、受精卵をシュロの繊維に付着させ、湖に運び、セッティングするというこの一連の作業は、すべて組合員の方々が手作業で行っているのです。
組合員の方によると「生き物が相手なので作業は神経を使い、体力も消耗します。ですが、名栗湖にやってくる釣り人の喜ぶ顔を想像すると、苦にはならず、疲れも吹っ飛びます」とのこと。いやなんと、頭が下がるお言葉ですね。
こうした組合員の地道な取り組みが名栗湖のワカサギ釣り場を維持しているのですが、自作している孵化器の容量上、1000万粒程度を収容するのが限界のため、入間漁協による名栗湖へのワカサギ卵放流量は、ここ数年増えることなく1000万粒で推移し、頭打ちの状態です。
また、組合員自体の高齢化などもあり、作業に従事する組合員を確保することが難しくなっていることも要因の一つ。
自作孵化器の機能改善と、放流作業を担当する人員の安定した確保とワカサギ釣り場としての安定した釣果の維持継続。この2つが解決すべき課題だったのです。