皆さんは死滅回遊魚と呼ばれる魚たちをご存知でしょうか?名前からなんとなく伝わってくる彼らの悲しい生き様と生態についてご紹介します。
(アイキャッツ画像出典:PhotoAC)
死滅回遊魚が死んでしまう理由
死滅回遊魚という魚たちは名前の通り、「回遊してきたけど、死滅してしまう魚」のことを指しています。
なんで死んでしまうかと言うと、本来は南の暖かい海に生息しているはずのサカナたちが、黒潮や台風の影響で相模湾や東京湾の関東近海など、本来なら生息するはずのない海域に流されてしまうからです。
流されてしまった魚たちは、夏場は海水温も高いため問題なく元気に生きられますが、秋から冬になる頃には水温の低下や環境の変化に耐えきれず、本来の生息域に戻ることもできずに死んでしまいます。
このような悲しい理由から、彼らは死滅回遊魚と呼ばれています。最近では「季節来遊魚」という表現に置き換わりつつあります。
流される理由は黒潮と台風
日本の周辺には、黒潮という(日本海流とも呼ばれる)大きな海流が、フィリピンなど南のほうから東シナ海を抜け、房総半島沖まで流れていきます。
南方で産み落とされた魚の卵はこの黒潮に乗り、日本列島に沿って流れてきます。中でも関東南岸の房総半島や三浦半島、伊豆半島などは黒潮が岸に当たるエリアなので死滅回遊魚が漂着しやすくなっています。
また、9月頃は台風も多い時期なので、南方の海で生活していた幼魚が沖に流されてしまい、そのまま黒潮に乗って関東近海まで流れ着いてしまうケースもあるようです。
黒潮は世界的に見ても流れが早く、北大西洋の湾流とともに世界2大潮流と呼ばれています。
海面付近の流速は時速7.2kmにもなります。ちょうど人が速歩きするより少し早いくらいスピードですが、生まれたばかりの幼魚は遊泳力もないので、この海流に乗ってしまうと抗うことが出来ず、流れのままに関東近海まで流れ着いてしまいます。
夏場は海水温も高いため、漂着しても問題なく生活を送ることが出来ますが、冬が近づくと海水温に適応できずに死滅してしまいます。
夏は越せても冬は越せない
初夏に関東近海にたどり着いた魚たちは、岸に近いところで生活を始めます。比較的岸に近い場所は餌や隠れる場所に困らないため、スクスクと成長していきます。
しかし、魚には種それぞれに生きていく上での適正水温というものがあります。
南方の魚にとって、秋の終わりから冬にかけての関東近海の水温は低すぎます。
長距離を泳ぐ力があれば、温かい海まで戻ることができるのかも知れませんが、成長しきっていない体では残念ながらそれは難しいようです。
温暖化で越冬してしまうことも
しかし、近年では極稀に冬を越える(越冬)事ができる種類の魚たちも現れているようです。
これには地球温暖化による影響で少しずつ海水温が上昇していることが影響していると考えられています。
また近年では、東伊豆の温泉街に近いエリアでは、温排水の影響で海水温が下がりきらず、いくつかの種が越冬していることが確認されています。
沿岸の都市化が進むことにより、今後の日本の海は様変わりしていくかも知れません。
代表的なサカナ3種
死滅回遊魚には様々な種類がいますが、代表的な魚をいくつか紹介します。
スズメダイ
スズメダイ目のいくつかの種が関東近海までやってきます。色とりどりの魚たちで、いかにも南海の熱帯魚といった魚たちです
チョウチョウウオ
こちらも熱帯魚といえば名前があがるお魚。
感じで書くと「蝶々魚」というように町のようにひらひらとした姿が特徴。ヒレが長いものや、しましま模様のものまで様々な見た目をしています。
メッキ
釣り人の間で人気があり【GT】と呼ばれるロウニンアジやギンガメアジの幼魚を総称してメッキと呼んでいます。
金色や銀色をしているので、金属メッキのように見えることから「メッキ」と呼ばれています。
意外な死滅回遊魚
誰もが知る映画で有名なサカナも死滅回遊魚の仲間。
カクレクマノミ
アニメ映画でおなじみの「カクレクマノミ」も近年、伊豆以南で目撃されるされるようになっています。
彼らもスズメダイ科の魚なので、他のスズメダイと同じように流れ着き、大きめのイソギンチャクの中で生活する姿が確認されています。
ナンヨウハギ
こちらも同アニメ映画に登場する人気の青いお魚の「ナンヨウハギ」。
名前にナンヨウ(→南洋)とついているように南の海の生息する魚ですが、同じように伊豆以南まで流れ着いていることが確認されています。
また、同時期の和歌山県では、かなりの数が流れ着いており、海に潜れば一面カラフルなまるで南国の海を楽しめるそうです。
日本近海にジンベエザメも?
死滅回遊魚と同じ時期、同様に黒潮に乗って、極稀にジンベイザメやイトマキエイなどの仲間も関東近海に姿を見ることがあります。
暖流の豊富なプランクトンを追いかけて、かなり近海までやってきた彼らは、しばらく過ごした後、南の海に帰っていきます。
彼らは大きく、遊泳力があるため、水温が低下しても、死ぬことなく泳いで帰れるのです。
生物の多様性
一見すると無駄死にのようですが、彼らがやって来ることにより、海の生物数は増え、豊かな海ができると言えます。
また、環境の変化とともに、今まで生息できなかった地域で生息できるようになる可能性もあります。
そうすることで、種を絶やさないという意味では海流に乗って、新しく生息できる地域を探していくのは、その種にとって非常に重要なことと言えます。
以前までは、「死滅回遊魚」と言われ、無駄死にする悲しい魚と言われていましたが、実は生きて種を絶やさないように進化を続けている頭のいい魚なのかも知れません。
<近藤 俊/TSURINEWS・サカナ研究所>