高級イカの代表格・ケンサキイカが名物となっている佐賀県呼子で歴史的な不漁が続いています。その一方、これまでほとんど漁獲のなかった地域でケンサキイカが水揚げされるようになっています。一体、海の中でどのようなことが起こっているのでしょうか。
(アイキャッチ画像提供:PhotoAC)
イカの街「呼子」でケンサキイカ大不漁
玄界灘に突き出す東松浦半島の先端に位置する、佐賀県唐津市呼子町。北部九州屈指の観光地であるここ呼子町は、日本三大朝市の一つにも数えられる呼子朝市と、鮮度抜群のイカ料理で全国的にも知られています。
外洋から内湾まで様々な環境に囲まれている呼子では様々なイカが水揚げされていますが、代表的なものは当地で「ヤリイカ」と呼ばれることもあるケンサキイカ。皿の模様が完全に透視できるほどに透き通った活造りが名物で、口にするとつい唸ってしまうほどの甘みを感じます。
そんな呼子のケンサキイカですが、ここ数年はひどい不漁に悩んでいます。水産研究・教育機構西海区水産研究所の発表によると、佐賀県の2018年のケンサキイカ漁獲量は30年前の約5分の1となる305tにとどまっています。2019年はこれをさらに下回る見通しとなっており、2020年も4、5月の状況を見る限りは好漁とは言えない状況が続いています。(『「呼子のイカ」かつてない不漁 温暖化?漁獲量が過去最低』西日本新聞 2020.6.7)
不漁の原因は
この呼子におけるケンサキイカの継続的不漁は、気候変動の影響で海流の早さが変わったことが大きな原因なのではないかと考えられています。
日本近海のケンサキイカは、その多くが東シナ海南部で孵化したのち、暖流に乗って北上し、各地で漁獲されます。かつては「東シナ海を北上し日本海に流入する対馬海流に乗って回遊し、九州北岸や山陰で漁獲される個体」が多く、そのためこれらの地域ではケンサキイカが名産とされてきました。
しかし近年では、日本海西部の著しい水温上昇が原因で、流入する対馬海流が弱まってしまっています。結果として多くの個体が、相対的に強い日本海流に乗って太平洋側に流れたと考えられているのです。
名産地が変わる可能性も
暖海性のイカであるケンサキイカは、太平洋側は千葉県以南、日本海側は山陰沖以西の漁獲対象魚介類だとされていました。しかし前記の理由からこれらの産地での漁獲高が大きく減っている一方で、これまでケンサキイカがほとんど漁獲されることのなかった地域でも漁獲されるようになっています。
呼子から直線距離で1100km以上も離れている宮城県では、2019年のケンサキイカの水揚げ高が約185tにのぼりました。これは2016年と比べほぼ10倍の量になっています。また2019年9月には、これまであまり漁獲例のなかった青森県八戸で7tのケンサキイカが水揚げされ、研究のために山口県の水産大学校に個体が輸送されるということがありました。(『八戸近海でケンサキイカ? 異例の7トン漁獲 山口県に個体送り調査/青森』デーリー東北新聞社 2019.9)
これらは上記のように海流の変化でイカが回遊してきたことに加え、太平洋側北部の海域の水温が上昇し、ケンサキイカの棲息に適した環境となってきているのが原因であろうと考えられています。
気候変動で漁獲内容が変化
これらの海域では、本来の主要漁獲対象であるスルメイカの不漁が続いており、代替として今後ケンサキイカの漁獲が盛んになる可能性があると言われています。(『ケンサキイカについて』「新・みやぎ・シー・メール第8号」宮城県水産技術総合センター 2018.9.11)世界的な気候変動の中で海の季節も激変しており、このケンサキイカのように漁場が移動したり、同じ漁場でも魚種の変化が起きるということは今後増えていくと考えられます。
現状にしがみつき、同じ魚種を同じ量獲ろうとするだけでは現状に対応できなくなってしまう可能性もあります。「気候変動が今後も続く」という前提で、様々な変化に対応していくことが求められているのかもしれません。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>