九州に伝わる珍味「がん漬け」。小さなカニをまるごと使うユニークなこの料理は、味もとてもパンチが効いていました。
(アイキャッチ画像提供:PhotoAC)
干潟の人気者シオマネキ
テレビやネットで、大きなハサミを一斉に振り回すカニの動画を見かけたことはないでしょうか。彼らはシオマネキというグループのカニで、南西日本の干潟に棲息しています。
オスの片方のハサミが大きくなるのが特徴で、潮の引いた干潟の上で、この大きい方のハサミを振り回す様子が「早く潮が満ちてこい」と潮を招いているように見えるのでこのような和名が付けられました。
実際はこの行為は「求愛行動」で、ハサミを振り回すのはメスへのアピールなのだそう。シオマネキの一種「ハクセンシオマネキ」は白いハサミをもち、この求愛行動がまるで白扇を振り回しているように見えるため、このような名前がついたそうですが、扇を振り回してアピールするのは「お立ち台の女性」であるという先入観が強い我々オッサン世代としては、ついつい違和感を感じてしまう名前です。
有明海の「カニの漬物」
さて、実はこのシオマネキ、食用にもされています。このシオマネキや、同様に干潟に棲息する小ガニを使って作る料理があるのです。
有明海周辺で伝統的に作られている「がん漬け」はそのひとつ。これは「カニを殻ごとすり潰し、塩と唐辛子を加えて発酵させる」という骨太な製法で作られるもので、塩辛の一種といえます。
伝統料理としての歴史は古く、万葉集にもこのがん漬けを作る様子を詠んだ歌があるそう。朝鮮半島で作られているカニのキムチ「ケジャン」とも先祖を同じくする、という説もあります。沿岸だけでなくやや内陸部にも製法が伝わり、淡水のカニを用いて作られたものも売られています。
がん漬けはどんな味?
先日、九州に住む親類からこのがん漬けを送ってもらい、食べる機会がありました。見た目はドロッとしており、ちょっとツンと来る香りもあってなかなかの珍味度です。
味はというと、20%以上の塩分で漬けられていることもあり、極めて塩気が強い仕上がりになっていました。そのまま食べると舌にしみるほど。食感はと言うと、真っ先に意識が向くのが殻の存在。ある程度はすり潰されているものの、甲羅やハサミなどの丈夫な殻がそのまま含まれており、これが歯にガリガリとあたり、油断すると歯茎に刺さります。
単体で食べたときには非常に好みの分かれそうな味わいだと感じました。
一方、豆腐に乗せたり、大根おろしと合わせて食べると、単体では感じ取れなかった強い旨味や発酵の香りが感じられるようになりました。こうして食べると非常に美味です。また、発酵調味料的に料理に用いると、旨味がぐんと広がり驚かされます。
九州には米や麦、芋を使った濃厚な風味の焼酎がたくさんあり、日常的に飲まれています。また、有明海周辺は米どころのため日本酒もとても美味しいです。このがん漬けは、これらの酒とも極めて相性がいい存在。もしがん漬けが手に入ったら、飲みすぎと塩分過多に気をつけつつ、じっくり楽しんでみるのもオススメです。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>