最近注目されるお酒の「海中熟成酒」。最近、漁業界がそのプロジェクトに関わる例が増えているようです。その理由を調べてみました。
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海底で自然熟成された「熟成酒」
熟成すると美味しくなる食品といえば「酒」。古今東西、あらゆるお酒が熟成されて賞味されてきました。フレッシュなものを飲むことが是とされてきた日本酒界でも、最近は熟成させた「古酒」がブームになっています。
さて、そんな「酒の熟成」という試みにおいて、近年非常に注目が高まっている手法があります。それは「海中熟成」。中世のころ「沈没してしまった輸送船から引き上げられたワインが非常に美味しくなっていた」というようなことがあり、そこから発想された熟成法なのだといいます。
ワインや日本酒などは環境の大きな変化に弱く、熟成にあたっては、そのお酒に適した環境を一定に保ち続ける必要があります。そのためワインセラーや貯蔵庫のような設備が必要になるのですが、温度や環境の変化が少ない海中では特殊な設備がなくとも熟成が可能になるのです。
さらに一説によると、海中には波や音、生物の活動による細かな振動が絶えず発生しており、それがお酒の熟成を促進させる効果があるといいます。熟成により風味がまろやかになった酒は、口にした時にアルコールの刺激が少ないという特徴があるのですが、海中の微振動によりそれが引き起こされると考える人も少なくないようです。(『海底で7ヶ月熟成させるとどうなる?海底熟成ワインSUBRINAの秘密に迫る』「家ワイン」)
現在では、ワインや日本酒、焼酎、シェリーなど様々なお酒が海中で熟成されています。
熟成酒に希望を見出す漁業界
この「海中熟成」という手法では、お酒だけでなく、熟成場所としての「海」に関する詳細な知識もまた必要になります。そのためか、最近では一見お酒とは関係のない業界であるように思われる「漁業」において、海中熟成酒プロジェクトが立ち上げられる例が増えているようです。
現在、日本の漁業を取り巻く環境は明るいとは言えません。漁獲高の減少や不漁、燃料費高騰による収益の悪化に後継者不足、さらに魚介類の消費量減少など暗い話題ばかりです。
そのような諸問題に対抗する全く新しい試みとして、熟成酒事業が注目されているのです。
漁師が立ち上げた「熟成酒」プロジェクト
これらのプロジェクトの中には、漁協主導で立ち上げられたものもあります。
神奈川県葉山町にある葉山町漁業協同組合では、2019年より地元のダイビングショップと協力し、ワインの海中熟成にトライしています。葉山御用邸沖、水深20mほどの太陽光や潮の影響を受けにくい場所で、断続的に熟成試験が行われています。
高級住宅街として知られる葉山には数多くのレストランがあり、海中熟成ワインの需要が生まれていくことが期待されています。町ではこのワインが、葉山牛などに並ぶ新たな「葉山ブランド」となることを期待する声が上がっているそうです。(『”海底熟成ワイン”作り始動』タウンニュース逗子・葉山版 2019.4.19)
既存の設備を生かして海中熟成を行うところもあります。岩手県大船渡市の小石浜地区では、ホタテの養殖棚に用いられている重りを日本酒などの酒瓶に置き換え、海中にぶら下げて熟成させる試みが行われています。1年ほど熟成された酒はその口当たりの良さが話題となり、人気商品に。三陸復興の起爆剤としても期待されているそうです。(『海中貯蔵の酒が人気 大船渡・小石浜地区、新たな観光資源に』なびたび北東北 2019.7.17)
同じ岩手県の陸前高田市にある広田湾でも、漁協による海中熟成酒プロジェクトが実施されています。ここでは、希望する酒を熟成してもらえる「マイ海中熟成酒」サービスや、海中熟成作業の体験イベントが人気。海中熟成を施した酒はボトルの表面に様々な海中動物が付着して模様を作り「世界に1本だけのデザイン」となることから、記念品としての需要も高いようです。(『陸前高田の海に沈めてお酒をまろやかに熟成させる海中熟成酒。世界に1つだけのマイボトルを作る「広田湾海中熟成体験」の観光コンテンツ提供開始』PRTIMES 2019.3.13)
これらの試みは、いずれも漁師や漁業会だけでなく、観光業や小売業、飲食業も巻き込んだ合同プロジェクト。立ち上げに手間はかかるでしょうが、業界の枠を超えた事業として、地域の活性化につながっていくことが期待されます。今後、より注目されていくものになるでしょう。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>