正式和名があるにも関わらず「エチオピア」という不思議な通称で呼ばれる魚がいます。彼らは、釣り人にはある意味で有名な存在だったりします。
(アイキャッチ画像提供:野食ハンマープライス)
日本と関係性強いエチオピア
アフリカの東部に位置するエチオピア連邦民主共和国。最近では、世界保健機関(WHO)事務局長・テドロス氏の出身国としても注目を浴びています。日本からは距離的にも文化的にも非常に遠い国ですが、しかしアフリカでは異例に長い期間独立を保ち続けているエチオピアと日本の間には、意外と古くから国交があります。
昭和が始まったばかりの1927年には、アフリカの国の中で最も早く通商友好条約を締結しており、またエチオピア初の憲法は大日本帝国憲法を元に作られています。日本にとってエチオピアは、歴史的にも親交の深い国であると言えるのです。
魚にも「エチオピア」がいる
さて、実は魚の中にもエチオピアと呼ばれるものがいます。
この魚の正式名称はシマガツオ、水深100~300mに棲む深海魚です。縞もない上にカツオとは似ても似つかない魚ですが、何故かそのように名付けられています。しかし「エチオピア」という通称はさらに不思議です。
このように呼ばれるようになった理由には様々な説があり、その中のひとつに以下のようなものがあります。漁業技術が急激に向上した昭和初期、それまでよりも深い水深の魚も漁獲できるようになり、この魚がたくさん水揚げされるようになりました。
肌の色が名前の由来?
一方そのころ、日本に外遊しに来たエチオピア王室の縁戚が、日本人の華族の女性との婚姻を希望するという出来事があり、国民のなかで「エチオピア」という国の存在がトピックスになる、ということがありました。
シマガツオは生きているときはきれいな銀白色をしていますが、死ぬとすぐに黒変し、やがて真っ黒になってしまいます。
この様子が、当時日本人にとって最も身近な黒人国家であったエチオピアを連想させ、この魚にそのような通称がついたのではないか、ということです。(『シマガツオ』ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑)個人的にはとても信憑性のある説に思えますが、実際はどうなのでしょう……
エチオピアは深海の「守り魚」?
この「エチオピア」ことシマガツオ、日本の近海の広い範囲に棲息しています。関東周辺では4月~5月にかけて水深250m付近に大きな群れを作り、魚群探知機にもはっきりと映るほどになります。
シマガツオは肉食性が強く、魚やイカなど様々なものを食べます。ルアーでも簡単に釣れて引きも大変強いため、釣りのターゲットとして人気がありますが、一方で他のターゲットを狙うときには厄介者。針にかかるとその遊泳力で仕掛け全体を振り回し、すでに他の針にかかっていた魚をも外してしまいます。さらに仕掛けをちぎってしまう被害も多く、深海釣りの盛んな相模湾では、アカムツやキンメダイなどの釣りにおける最も厄介な外道として嫌われています。
シマガツオが棲息する水深100~300mはいわば「深海の入り口」であり、そこを通らずに深海魚を釣り上げることはできません。釣り人にとっては疫病神ですが、他の深海魚にとってはある意味「守り神」に近い存在と言えるかもしれません。
ちなみにこのシマガツオ、食べると美味しいという人もいますが、筆者が過去に食べた個体はいずれも非常に酸味が強く、美味しいとは言えませんでした。その遊泳力の強さゆえ、体内に乳酸が大量に溜まってしまうのではと推測していますが、いつか美味しいものを食べてみたいものです。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>