前回の「サケ&マスの人工交雑8種 異種による交配=交雑について(第7回)」では、人交雑種の種類について解説した。今回は最終回、放流事業と生物多様性について詳しく説明していこう。
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放流事業の弊害
放流事業によって種の地域的特異性が壊滅的なダメージを受けた種がある。
日本における夏の代表魚「アユ」である。
日本本土においては1種のみだが、地域的特異性を持つ個体群が各地に存在していた。ところが、琵琶湖産のアユが全国各地に放流されるようになると、数年でその地域的特異性が失われてしまった。
また、近年では継代養殖された種苗が放流されることが多くなっている。これらは、養魚場環境に適応した個体の生存率が高く、遺伝的多様性に欠けた個体群になる。結果として、外的ストレスに対する耐性が低く、自然界において再生産サイクルが正常に機能しない弊害が報告されている。
サケ科魚類も、養殖魚を河川や湖沼に放流することによって魚影が保たれていることが多い。
ヤマメ(アマゴ)、イワナなどの日本在来種はもちろん、ニジマスやブラウントラウトなどの外来種、品種改良された品種までもが自然界に放流されている。
我々釣り人にとって魚影が濃くなることはいいことだが、放流事業はいいことばかりではない。
外来種による被害
魚食性が高いとされるブラウントラウトの自然繁殖によって、北海道の多くの河川では在来種のエゾイワナが食害にあっている。ニジマスの生息する河川では、摂餌環境の重複が生じ、その競合において在来種の生息域が狭められている。
さらに、多くの種と交雑が可能なブルックトラウトの放流河川では、交雑によって在来種の産卵が無駄になっており、種の入れ替わりが進んでいる。
外来種とは、単に国外から移入されたものだけではない。
イワナの生息しない河川にイワナを放流したり、ヤマトイワナの生息域にエゾイワナを放流することも、生物から見れば外来種と同じ。ニッコウイワナとヤマメが生息する河川では、その生息域が違ったり、産卵期が異なるなど、棲み分けが行われていた。
外来種を放流することにより、食害や摂餌競合、自然交雑が生じ、生物多様性の低下につながっている。
では、ヤマメが生息する河川にヤマメを放流することはいいのか。養殖されたヤマメは遺伝的多様性が損なわれた個体群であり、前述したアユ同様、地域的特異性が損なわれたり、再生産サイクルが正常に機能しない場合が多い。
それが生殖能力を持たない品種改良された全雌三倍体である場合、成長性において在来種は劣性であり、摂餌競合に敗れたうえ、食害により減っていく可能性が高い。その結果、生殖能力を持つ在来種の数が減り、個体数の減少につながる。
サケの孵化事業
サケの孵化事業でも同様のことがいえる。シロザケにおける人工孵化放流魚の自然繁殖成功率に関する論文では、野生種同士の自然繁殖率に対し、野生種と人工孵化放流魚間では相対比90%、人工孵化放流魚どうしでは同30~40%。さらに、継代養殖した魚では、世代が進むにつれて自然繁殖成功率が40%ずつ低下すると報告されている。
短期的には、サケ資源量の確保のためには有益な事業だが、長期的には遺伝的多様性の低下、自然繁殖成功率の低下を招き、資源量は減少するとされる。
野生種保護に舵取りを
前述したを踏まえ、イギリスでは孵化場の一部を閉鎖し、野生種の保護に乗り出している。降海、遡河の移動経路の確保、自然産卵床の整備を行い、孵化放流事業中心から多角的保全による資源量確保へと舵を取った。
これは、江戸時代中期に越後村上藩が三面川で行った「種川の制」そのものであり、今の日本も、技術で自然を従わせる時代から、自然の力を補助、補完する時代へと舵を切るべきではないだろうか。
野生種を保護することこそ、未来に資源を残せる唯一の策のように思う。
<週刊つりニュース関東版 APC・藤崎信也/TSURINEWS編>