美味で食用にされているけど有毒の魚たち 「海洋性蓄積毒」のリスクとは?

美味で食用にされているけど有毒の魚たち 「海洋性蓄積毒」のリスクとは?

一昔前は喜ばれる高級魚、現在は他人に食べさせると罪に問われる毒魚……そんな理不尽な魚がいま増えつつあるかもしれません。

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その他 サカナ研究所

食用だけど「危険」なハコフグ

カワハギ釣りの外道でしばしば顔を出すかわいい魚・ハコフグ。全国的に有名な食材というわけではないですが、長崎県をはじめ西日本各地で食用にされています。筆者も食べたことがありますが、かなり美味しい魚と言って過言ではありません。

最近、グルメ熱の高まりのせいか「ハコフグが美味しい」という情報が広がり、食べる人、また食べてみたいという人が増えてきているように思います。しかしその一方で「ハコフグは食べるべきではない」という意見もまたWeb上で目立ち始めています。

美味で食用にされているけど有毒の魚たち 「海洋性蓄積毒」のリスクとは?調理されたハコフグ(提供:PhotoAC)

実はハコフグには有毒の個体がしばしばおり、ヒトでの中毒例はないものの、家畜での中毒事故例があるのです。毒性分についてはよくわかっていないのですが、パリトキシンという海洋毒に類似したものと考えられています。

長崎県五島地方では、ハコフグの肝臓と身をたたき合わせて腹腔に詰め、焼いた「かっとっぽ」という料理が人気の郷土料理となっています。しかしその毒性分が肝臓にたまりやすいとされることから、最近ではハコフグではなくカワハギの肝を使う例が増えているそうです。

「毒魚」が増えている?

このハコフグのように、食用魚とされてきたはずの魚が、近年になり「有毒魚」として認識される例が増えています。これには「もともと有毒であったが近年毒性が判明した」パターンも多少はあるようですが、多くの場合「近年有毒化した・もともと南方には有毒の個体がおり、その生息域が北上した」パターンであるとみられています。

なぜこのような例が発生するのかというと、その毒が魚の内部で作られるのではなく、外部からもたらされるものだから。

フグの毒で有名な「テトロドトキシン」をはじめとする魚の毒の多くは、実はその毒を持つ魚が作り出したものではなく、渦鞭毛藻類のような微生物や、イソギンチャクのような刺胞生物、ヒトデのような棘皮動物が生成したものです。食物連鎖の過程で濃縮され、魚に蓄積されていき、それをヒトが食べることで中毒事故が起こります。

美味で食用にされているけど有毒の魚たち 「海洋性蓄積毒」のリスクとは?毒フグの一種キタマクラ(提供:PhotoAC)

そしてこのような毒を生成する生物は、南方の温暖な海に多い傾向があります。上記のパリトキシンや、シガテラ毒の原因成分の総称であるシガトキシンによる中毒事故は南の海域での発生が多くなっています。

ご存じの通り、ここ数年、日本近海の海洋温暖化は著しいものがあります。これにより、毒を生成する生物の生息域も北上し、これまで有毒魚が見られなかった地域でも中毒事故が発生しやすくなる可能性があるのです。

海洋性蓄積毒のリスク

このような海洋性蓄積毒に関するもので、魚好きならばぜひ知っておくべき裁判(判決)があります。それは1999年に千葉で発生した「シガテラ毒」による食中毒事故の被害者が起こしたもの。この裁判では、原因となったイシガキダイを提供した料亭が提訴され、損害賠償を払えという判決が出ました。

多くの釣り人や漁師にとって、シガテラ毒は過去の傾向から「南西諸島で発生するもの」というイメージが強くなっています。実際に、日本本土、特に本州以北で発生した例は非常に少ないです。またイシガキダイという魚は、近縁のイシダイに並ぶ美味な高級魚として知られており、そんなイシガキダイによるシガテラ食中毒が、南西諸島ならともかく本州で発生するイメージは、正直ないと言っていいでしょう。

美味で食用にされているけど有毒の魚たち 「海洋性蓄積毒」のリスクとは?イシガキダイ(提供:PhotoAC)

それでも裁判所は「南西諸島においてイシガキダイによるシガテラ発生例は少なからずあること」を根拠に、千葉県産イシガキダイの毒性を予見できなかった料亭側に責任があると断じたのです。これはすなわち、「地域を問わず」中毒事故の発生例がある魚を提供した場合、罪に問われてしまう可能性があるということになるでしょう。

上記のハコフグやイシガキダイをはじめ、限られた地域での食中毒例がありながら、全国で食用とされているものは少なくありません。これらの魚を他者に提供した場合、上記の通り訴訟のリスクがあることはもちろん、集団食中毒事故につながってしまう可能性も残念ながらあります。

他人に魚を売ったり提供したりする場合、このような「海洋性蓄積毒」のリスクも考えないといけない時代が来てしまっているのです。

<脇本 哲朗/サカナ研究所>