瀬戸内の夏の風物詩として知られる「小イワシの刺身」。しかし、今年はその夏の味が危機に陥ってしまいました。その原因は何だったのでしょうか。
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瀬戸内の夏の名産「小イワシ」
独特な魚種とその食文化を誇る瀬戸内海沿岸。その中でも人気の高い「夏の味覚」と呼べるのが、広島の「小イワシ」。
これはイワシの代表種であるマイワシの子供ではなく、カタクチイワシという種類のイワシです。マイワシ、ウルメイワシと並び「イワシ御三家」のひとつとされるカタクチイワシは、そのまま食べるよりもむしろ出汁用のニボシ・イリコの原料として知られています。
しかし広島ではこのカタクチイワシを、刺身で美味しく食べる文化が古くからあります。よく水洗いすることで細かい鱗とともに生臭みが落ち、美味しく食べられるため「七度洗えば鯛の味」という言葉も残っているほどです。
各県の漁協が選出する「プライドフィッシュ」では、広島県の夏の魚としてこのカタクチイワシが指定されています。
今年は著しい不漁
そんなカタクチイワシですが、2020年は著しい不漁となったそうです。
鮮魚用のカタクチイワシ漁は毎年6月10日に解禁され、8月末まで続きます。例年ならこの3ヶ月で200t以上の水揚げがあるのですが、今年の7月はたったの17tに留まり、前年比で8割近く減ってしまったそうです。
さらに、8月に至ってはほとんど入荷もなかったといいます。6月は水揚げはあったのですが、新型コロナウイルスによる需要減の影響が大きく、漁そのものが縮小されたため、例年以下という結果になっています。(『広島産小イワシ入荷急減、2005年以降で最低 長雨の影響で衰弱死増加か』中國新聞 2020.9.16)
この不漁は一体なぜ起こったのでしょうか。
豪雨の影響か
カタクチイワシは沿岸性が強く内湾にも多く棲息する魚ですが、小魚のため環境の変化に弱く、しばしば大量死が起きます。広島を代表する河川である太田川をはじめ、大きな川が複数流れ込む広島湾では、大雨が降ると河川より流入する真水が増え、塩分濃度が急激に下がります。これによって小イワシが弱ってしまうのだそうです。
大雨が引き起こすのは個体数の減少だけではありません。川から大量のごみや木が流入することによって、イワシを獲るための網が破れたり、船につけた魚群探知機も役に立たなくなってしまいます。漁そのものが困難になってしまうのです。
入荷減は一時的?
当地の鮮魚店では不漁の間、他県産カタクチイワシを入荷して需要に応えましたが、他県産は移動に時間がかかり、鮮度が落ちて刺身には向かなくなってしまうといいます。広島の小イワシは「すぐ前の海で獲れる」ということも、その価値のひとつと言えるでしょう。
ただこの不漁の原因はあくまで自然現象であり、乱獲が原因ではありません。そのため、入荷減は一時的なものとみられています。来年また美味しい小イワシが味わえることを、多くの県民が祈っているのだそうです。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>