刀を振り回す「ちゃんばら貝」は美味 見た目が猛毒貝とそっくりなワケ

刀を振り回す「ちゃんばら貝」は美味 見た目が猛毒貝とそっくりなワケ

「ちゃんばら貝」という危険な香りのする名前で呼ばれる貝があります。しかもその見た目は有名な猛毒貝にそっくり!なのですがこの貝、実はとても味が良く、一部地域でとても愛されているものなのです。

(アイキャッチ画像提供:野食ハンマープライス)

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猛毒貝にそっくりな「マガキガイ」

「物言わぬもの」のたとえとして扱われ、おとなしく動かないもののイメージが強い貝類ですが、ときには我々ヒトにも危険を及ぼす物があります。その多くは「食べると危険」なものですが、ごく僅かに、直接物理攻撃を行ってくるものもあります。その代表がイモガイ。

刀を振り回す「ちゃんばら貝」は美味 見た目が猛毒貝とそっくりなワケコマのような特徴的なシルエット(提供:野食ハンマープライス)

サンゴ礁のあるような温暖な海に多いイモガイは、貝ながら生きた小魚や小動物を捕まえて食べる習性を持っています。動きの遅い彼らが自分より活発な獲物を捕まえるために用いるのが「毒銛」。歯舌と呼ばれる部位に強い毒を持っており、これで獲物を刺して麻痺させ、丸呑みにするのです。

この毒はヒトにも効果があり、刺されると激しく苦しむことから「ハブガイ」、沖合で刺されると浜に戻る前に死ぬと言われることから「ハマナカ」などという物騒な呼ばれ方をされています。(『アンボイナガイ』「サンゴ礁の生きもの」山と渓谷社)

一方で、このイモガイと同じような海域に生息する「マガキガイ」という貝があります。この貝はその見た目がイモガイと大変よく似ており、貝を見慣れたヒトでも一瞬ぎょっとしてしまうほどです。

見た目を似せる生き物の知恵

こちらのマガキガイ、イモガイと見た目こそそっくりですが、盤足目ソデボラ科というグループに属する貝で、新腹足目イモガイ科に含まれるイモガイとは全く近縁ではありません。

刀を振り回す「ちゃんばら貝」は美味 見た目が猛毒貝とそっくりなワケマガキガイ(提供:野食ハンマープライス)

イモガイと異なり毒銛を持たず、人に危害を加えることもありません。彼らは砂の中のデトリタス(微小な有機物)を食べていると考えられており、その生態もイモガイとは大きく異なっています。

なのになぜここまで見た目が似ているのか。一説によるとマガキガイは、猛毒で危険なイモガイに似た見た目となることで、外敵に襲われないようにしているのではないか、と言われています。毒生物に姿を似せて身を守っている生き物は自然界には多く、学術的には「ベイツ型擬態」と呼ばれる現象なのですが、貝類では非常に珍しいものです。

刀を振り回す「ちゃんばら貝」は美味 見た目が猛毒貝とそっくりなワケマガキガイの殻の特徴的な波打ち(提供:野食ハンマープライス)

なお、マガキガイはシルエットこそイモガイにそっくりですが、殻の入り口下部に波打っている部分があり、この部分を確認することで簡単に見分けることが可能です。生きているときはここから目などを覗かせるそうです。
  

美味しい「ちゃんばら貝」

マガキガイはイモガイと異なり安全な貝なのですが、それに加えて歓迎すべき要素を持ち合わせております。それは美味だということ。味がよく、棲息地ではしばしば漁獲されます。わが国では高知県や鹿児島県、沖縄県で人気の高い食用貝となっており、塩茹でや煮付けで食べられています。

刀を振り回す「ちゃんばら貝」は美味 見た目が猛毒貝とそっくりなワケ都心に入荷することもある(提供:野食ハンマープライス)

ちゃんばら貝の名前由来

意外と動きが速く活発な貝で、生きている個体を指で摘んで空中に出すと、足を殻から出して盛んに動かします。このとき、足の先についた細長い蓋が空を切り、それがまるで剣を振り回しているかのように見えるので「ちゃんばら貝」と呼ばれて親しまれています。

刀を振り回す「ちゃんばら貝」は美味 見た目が猛毒貝とそっくりなワケマガキガイの足と蓋(提供:野食ハンマープライス)

調理したあと、この蓋をつまんでゆっくり引っ張ると、身だけでなく肝の部分までズルリと抜き取ることができます。この肝の味は極めてよく、貝類屈指の旨さであると言う市場関係者もいます。(『マガキガイ』ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑)ただ生態上殻の中に砂をよく噛むので、自分で捕まえたものを食べるときは、できればきれいな海水の中で数日放し飼いにして砂を抜けると良いと思います。

マガキガイは、海水の温暖化と合わせて棲息地が徐々に北上していると言われています。筆者も実際に神奈川県で捕獲したことがあり、美味しく頂戴したこともあります。もしこの特徴的なシルエットの貝殻を見かけたら、イモガイでないことを確認した上でぜひ捕まえてみてください。その美味を楽しめると思います。

<脇本 哲朗/サカナ研究所>