我が国で最も知名度があり、高い人気を誇る魚である鯛。中でも「春の鯛」は歳時記に欠かせないものとして扱われてきました。
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春は「桜鯛」の季節
我が国で最も人気・知名度ともに高い魚といえるマダイ。普段彼らは沖合のやや深い場所に生息しており、まとまって漁獲されることはあまりありません。
しかし彼らは春になると、初夏頃に行う産卵期に備えて沿岸の浅い場所に寄ってくる習性があり、その結果として漁獲量が増えます。この時期に穫れるマダイは魚体が鮮やかなピンク色になることから「桜鯛(さくらだい)」と呼ばれ、春の風物詩とされ、季語にもなっています。
今年もすでに長崎県や愛媛県などで桜鯛の水揚げが増加しており、東京・豊洲市場の4月中旬の卸値は、1kg当たり500円前後で取引されています。これは養殖マダイより3~4割ほど安い価格で、豊漁で手の届きやすい魚となっているといえるでしょう。
「桜鯛」は「魚島」を作る
古くからマダイが盛んに漁獲されている瀬戸内沿岸には、この桜鯛に関連した「魚島」という言葉があります。
島や灘、海峡が多く環境の複雑な瀬戸内海にはマダイの生息に向いた場所が多く、生息量が多いと言われています。前記の通り、桜鯛は春になると産卵のため浅場に寄ってくるのですが、それにより春先には瀬戸内海沿岸の子湾に大群のマダイが押し寄せます。
かつてはマダイの量の多さに、浅い海が魚の影で盛り上がり、まるで島のように見えたといいます。これを魚島とよび、これが起こる晩春を表す「魚島時」とともに、季語としていくつもの俳句に詠まれています。
「魚島」は「浮鯛」でもある
この魚島は「浮鯛」という現象名で呼ばれることもあります。
もともとマダイは水深50m以深のやや深い場所に生息する魚であり、その水深に対応した形態を持っています。水深が1m変わると水圧は1気圧変化するとされますが、多くの魚は水深が急激に変化するなど水圧が大きく変化すると、浮き袋などに異常をきたし泳げなくなってしまいます。
そのため、マダイが産卵のために浅い場所に浮上する際に、水圧の変化に負けて弱り、浮き上がってしまう個体がいます。この現象を「浮鯛」と呼び、魚島が見られる理由のひとつともされてきました。
この浮鯛もまた春の季語であり、これを詠んだ俳句もあります。これらのように「春の鯛」にかかわる季語はいくつもあり、鯛という魚がいかに我が国で愛されてきたかがわかります。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>