最近、スーパーでよく見かける「柑橘類の名を関した魚」。実は今、柑橘類を魚の養殖に用いる技術に、注目が集まっています。なぜ柑橘類なのか、そのナゾを解説します。
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高まる養殖魚需要
先日、77億人を突破した世界人口。急激に増加する人口を支えるため、世界の動物性たんぱく質供給量は右肩上がりで増加していますが、そのうちの16%を担っているのが魚介類です。
それに加えて世界的な中産階級の増加、健康志向の高まりもあり、たんぱく源を肉から魚介類に置き換える動きも活発になっています。その結果、魚介類の消費量は増加の一途をたどっており、それに伴う乱獲や資源の減少が懸念されるようになっています。
このような状況の中、養殖魚の需要は高まる一方となっており、その水揚げ高は今や世界の漁業生産量の半分以上を占める状況になっているそうです。(『「代わり」じゃない養殖魚 世界で高まる存在感』日本経済新聞 2016.11)
養殖技術の向上が求められてきた
日本における養殖生産量はブリ、マダイ、カンパチの順に多くなっており、いわゆる高級魚と呼ばれる魚たちがたくさん養殖されています。これにより、我々一般消費者も高級魚を安価に手に入れられるようになっており、寿司などの高級和食も非常に身近なものになりました。シーズンによって身の質が変わる天然物より、通年味わいが変わらない養殖魚のほうが、レストランなどでは使いやすいというメリットもあります。
しかしその一方で「養殖魚は天然物と比べて美味しくない」というようなこともしばしば言われてきました。確かに、一部の養殖魚には生臭みのある匂いがあったり、脂の質が悪く美味とは言えないようなものがあります。
この匂いは餌に由来することが多いそうで、飼料を工夫するなどして以前よりも品質は向上していると言われますが、イメージの向上には至っていないという現実があります。
柑橘類は養殖業界の救世主
しかし近年、この「養殖魚の臭み」問題に画期的な対策が見つかっています。それは「飼料に柑橘類を混ぜる」こと。魚食魚であるブリやカンパチ、マダイの餌に植物である柑橘類を混ぜるというのはとても不思議な感じがしますが、なぜこのような方法が取られるようになったのでしょうか。
そもそも、ブリやカンパチなどの青魚は血液が多く、切り身にすると血液の多い「血合い」の部分に変色が起こりやすくなっています。変色が起こると鮮度落ちが激しく見えてしまうため、変色を防ぐ技術が必要とされていました。そして、ポリフェノール類にこの変色を防ぐ作用があることが知られており、そのため飼料にポリフェノールを多く含む柑橘類を混ぜるという技術が活用されていました。
しかし、この技術がもたらした効能は変色を抑えることだけではありませんでした。高知大学の研究により、柑橘類のポリフェノールに、脂の魚臭さを抑え、食味をさっぱりさせる効能があることがわかったのです。(『“柚子”の香りがする養殖魚『ユズブリ』の研究・開発/高知大学』「中国四国農政局 高知地域センター NEWS LETTER」2013.3)生臭い魚に柑橘の絞り汁をかけることで匂いを消すことがありますが、身そのものに柑橘の香り成分が含まれていればその必要はありません。
この研究を踏まえ、高知県で養殖されるブリの飼料に柚子の果皮や果汁を混ぜる実験が実施され、やがて「柚子鰤王」というブランドの養殖ブリが生まれるに至りました。この食味の良さが認められ、やがて全国にこの技術が広がっていきました。
様々な魚種に応用される「フルーツ飼料」
柑橘類は全国で様々な種類が栽培されており、魚の養殖にはその土地々々の柑橘が用いられることが多くなっています。徳島のすだちブリ、愛媛のみかんブリ、大分のかぼすブリやかぼすヒラメはその代表です。変わったところでは、山口県で養殖されている、みかんの果皮を飼料に用いたアユ「柑味鮎」というものもあります。(『かんきつ香る「柑味鮎」養殖』中国新聞 2012.4)
柑橘以外のものを飼料に混ぜるテストも行われており、とくに抗酸化力が高いとされるブドウや、香気の良い茶葉、オリーブなどを用いた養殖も行われ始めています。
これらの飼料を使って養殖された魚は、さっぱりした味と爽やかな香りがあり、これまで養殖魚を忌避していた高齢者や、天然物を求めていた層からも好評だそうです。今後、より多くの魚種に応用されていく技術なのは間違いないでしょう。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>