『イカナゴ』歴史的な不漁続く 原因は「水が綺麗になりすぎた」から?

『イカナゴ』歴史的な不漁続く 原因は「水が綺麗になりすぎた」から?

瀬戸内海に春を告げる魚であるイカナゴですが、ここ数年はひどい不漁が続いています。これについて、近年の研究によりちょっと意外な原因が判明し、話題となっています。

(アイキャッチ画像出典:PhotoAC)

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瀬戸内海の春告魚「イカナゴ」

イカナゴという魚をご存知でしょうか。全国各地の内湾に棲息している、サンマを細長く小さくしたような魚です。成長によって名前が変わる出世魚で、瀬戸内地方における幼魚の呼び名である「コウナゴ」は関東でも比較的馴染みがあるかと思います。

『イカナゴ』歴史的な不漁続く 原因は「水が綺麗になりすぎた」から?最大でも20cm程度の小魚(提供:野食ハンマープライス)

とても味の良い魚で、稚魚から老成魚に至るまで、各地で様々な料理にされています。特に最大の水揚げ量を誇る瀬戸内海地方の「イカナゴのくぎ煮」は非常に有名な料理で、春のシーズンになると、くぎ煮を作るための醤油や味醂、できたくぎ煮を入れるためのタッパーまでもがスーパーの店頭から品薄になってしまうといいます。

老成魚は瀬戸内では「オオナ」と呼ばれ、強い脂が乗っていることからこちらも人気があります。

釣りの対象となることはほぼありませんが、釣り餌としても大変重要な魚で、イカナゴの時期はあらゆる魚がイカナゴでしか釣れなくなることもあるといいます。人にとっても魚にとっても、春の時期には欠かせない「瀬戸内海の春告魚」なのです。

2020年もイカナゴは不漁

そんな瀬戸内地方のイカナゴですが、ここ数年はひどい不漁が続いています。

全国一の漁獲高を誇る兵庫県では、2020年も2月29日に漁が解禁されましたが、初日の漁獲高が0という漁港もあり、3月6日に早々に漁が打ち切られました。近隣の大阪湾でも同様に2月29日に解禁されたものの、3月3日に休漁。漁が行われたのはたったの3日ということになります。(『明石じゃーなる』2020年3月6日「【3月6日終漁】2020年いかなご解禁日は2月29日!過去の解禁日・終漁日・価格【イカナゴ新仔漁】」)

不漁は今年で4年連続となる見通しで、くぎ煮の材料となるイカナゴの新子は今年、市場でキロ5000円という値がついたそうです。

『イカナゴ』歴史的な不漁続く 原因は「水が綺麗になりすぎた」から?イカナゴのくぎ煮(提供:PhoteAC)

庶民の味として親しまれてきたイカナゴのくぎ煮ですが、現状は高級品になってしまっていると言わざるを得ないでしょう。

不漁の原因は「綺麗すぎる水」?

漁協による漁獲制限など、水揚げ量向上のための努力が進められているにも関わらず、資源が回復しないイカナゴ。この歴史的な不漁について、最近の研究により全く予想外の原因が指摘され、注目を浴びています。

それは「水がきれいになりすぎたから」というもの。

瀬戸内海は非常に閉鎖性が高く、河川の水質の影響を受けやすい海域です。高度経済成長期、瀬戸内海は河川を経由して流れ込む生活排水の影響を受けて窒素やリンといった栄養塩が過剰となり、赤潮が頻発しました。このため兵庫県では独自に条例を制定し、下水処理水の排水におけるこれらの物質の残存量を厳しく規制しました。これにより河川の水質は向上し、海もきれいになりました。

しかし、もともと瀬戸内海は栄養塩の豊富な富栄養海域。厳しい規制によって今度は逆に海中の栄養塩が不足し、水産資源の減少や品質の低下につながっているのではないか、という疑いが出てきているのです。

『イカナゴ』歴史的な不漁続く 原因は「水が綺麗になりすぎた」から?悪いイメージしかない排水だが、実は重要だった(提供:PhoteAC)

兵庫県内の瀬戸内海ではイカナゴの不漁のほか、養殖海苔の色落ちも報告されており、いずれも栄養塩の不足と関連があるとして検証が進められています。

これに伴い兵庫県では、現状の厳しい排水基準の一部緩和を進めている。(『神戸新聞NEXT』2019.5.8「イカナゴ不漁の原因? 瀬戸内海への排水基準を見直しへ」)

多角的な原因調査も必要

イカナゴ不漁の原因が水質にあることが判明した一方で、その他の原因も以前から指摘されています。

それが「海砂の減少」と「水温上昇」です。

高い水温が苦手なイカナゴは、真夏の高水温期には海底の砂に潜って「夏眠」を行うという習性があります。この夏眠に適した砂地が高度成長期の建築ラッシュに伴う海砂の採取によって失われてしまっており、これも不漁の遠因とされています。瀬戸内海以外の産地である博多湾、伊勢湾、陸奥湾などでは漁獲がほぼ0という状況が続いており、危機的状況であるといえますが、これには温暖化による水温上昇が関連していると考えられています。

生態ピラミッドの基礎を担うイカナゴの減少は、その水域の生態系そのものに与える影響が大きいです。我々人間が食べるためというだけではなく、その地域の環境を維持するためにも、様々な角度からその理由を考察し、対策を行わなくてはならないと感じます。

<脇本 哲朗/サカナ研究所>