深刻化の一途をたどる我が国の漁業不振問題に関し、水産庁が「温暖化が原因」と発表し対策を打っていく考えを示しました。しかし、温暖化対策を行うことだけが本当に最優先なのでしょうか。
(アイキャッチ画像提供:PhotoAC)
不漁は「温暖化が一因」と判断
世界に冠たる漁業大国である日本。しかしその漁獲量は2015年に352万tとなり、ピークだった1984年の1,160万tから約3分の1にまで減少しました。近年はとくに、これまで基幹魚種であったサンマやスルメイカ、サケなどといった大衆魚の漁獲不振が深刻化しています。
この我が国における不漁について、日本政府はこのたび「地球温暖化が一因」と結論づけ、対策に乗り出す方針を固めました。漁業の分野で温暖化に対応することを表明したのは初めてのことです。
具体的な方策としては「気候変動の影響を考慮に入れた漁業経営への転換を促す」ということです。不漁の長期化を見据え、取る魚種や漁法の多様化を促進し、今後の環境の変化に適応できる漁業への転換を行っていく見通しです。
水産庁が6月上旬にも対応策をまとめ、来春にも策定する水産行政の中長期方針「水産基本計画」にも反映させるとの考えです。(『国内の不漁「温暖化が一因」 政府が初の位置づけ、漁業対策へ』毎日新聞 2021.5.20)
温暖化以外の問題も
年々深刻化する不漁問題。これが温暖化の急速な進行と関連しており、喫緊の課題となっているのは間違いありません。
しかし、いま日本の漁業が最優先で行うべきことは本当に「温暖化対策」だけなのでしょうか。我が国の漁業不振は根が深く、温暖化といったグローバルな課題以前に、ドメスティックな問題が山積みになっていると言われます。
周辺海域の水質汚染や漁業不振が引き起こす漁業者の激減、魚価の低下、そして乱獲……いずれも温暖化同様に本腰を入れて対応すべき課題かもしれません。
公的な資源管理が必要
実は多くの専門家は、温暖化ではなく「公的な資源管理が行われてこなかったこと」が漁業不振の最大の要因だと考えています。
水産資源は、魚種(生物種)ごとに「漁獲可能な量」と呼べる数値があります。欧米の漁業先進国では、持続的に魚をとることができる漁獲量を科学的に算出し、それに基づいた漁をすることで水産資源を管理しています。
これに関し、我が国でも、魚の種類ごとに漁獲可能量を設定する「TAC法(海洋生物資源の保存管理法)」という法律が制定され、97年から実施されてはいます。しかしせっかく科学的に漁獲可能量を算出しても、それを実際に設定するかどうかは「漁業者の経営状況などに配慮する」という有名無実な状態となっており、漁の制限に強制力を持たせられていないのです。
さらにそもそも、TAC法で漁獲可能量が定められている魚は日本では8魚種にすぎず、資源管理が進んでいる北欧や約500種を対象にしている米国と比べてはるかに少ない現状になっています。
問題は一つだけじゃない
このように、日本は現状、漁業規制がほぼないような状態になっています。そのため漁師は「目の前に魚がいれば獲ってしまう」「自分が獲らなくても他の漁師が漁獲してしまうのでやむなく獲る」という判断をせざるを得ず、全体の乱獲に歯止めがかからない状況になっているのです。
現在、TAC対象の魚種の拡大が検討されてきましたが、その前にまずは漁獲制限を守らせるための厳密なルール付けが必要です。それが結果的には魚価の向上、漁師の収入増、漁師減少の歯止め、そして何より資源保護につながっていきます。
温暖化が収束の兆しを見せない以上、それへの対策ももちろん必要なことではあります。しかし、前例のない漁業不振に対して、日本政府や水産庁は「いま最優先で行わなくてはいけないこと」を今一度再認識する必要があるかもしれません。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>