最近、熟成肉と並び注目を集めつつある「熟成魚」。肉と比べると魚の熟成は難易度が高く、そのため身近な存在とは言えませんでしたが、最近風向きが変わりつつあるようです。
(アイキャッチ画像提供:野食ハンマープライス)
熟成食が大好きな日本人
「最近『熟成』という言葉を多く聞くなぁ」と思ったことはないでしょうか。熟成酒に熟成肉など「熟成」をキーワードにした商品は、いまやスーパーマーケットのあらゆるジャンルの食品棚に存在しているように思います。
もともと発酵食品が豊富な日本では「熟成させた食材」は一般的な存在であるとも言えます。そこに、数年前からの熟成肉ブームがあり、食材の熟成に注目が集まるようになったのでしょう。
そしてそのブームは今や「魚」にも及んでいます。
熟成魚の美味しさと難しさ
「熟成」は様々な食品を美味しくするのですが、そのメカニズムは食材によって変わります。タンパク質が主成分となる食材の熟成の場合は、食材中にある成分が、熟成中に微生物や酵素の働きによって旨味成分に変わることで旨味が生まれるのです。
魚の場合、筋肉の収縮や発熱に大きな役目を果たすATP ( アデノシン三リン酸 )が、筋肉中に大量に含まれています。熟成をさせることで、このATPが旨味成分であるイノシン酸に変化します。そのため、魚も熟成によって美味しくすることができるのです。
しかし、魚の場合は他の食材よりも熟成が難しいと言われます。そもそも魚は肉と比べると鮮度落ちが早く、酸化臭など不快な成分が発生しやすい食材です。そのため、美味しい熟成魚を造るためには生きている状態からの適切な処理が必要となり、神経締めや血抜き、徹底した温度管理をしなくてはなりません。
釣り人など新鮮な魚が手に入りやすい人でも、これらの手順には専用の道具や手間が必要となるため困難な場合が多いです。さらに熟成に失敗したものを喫食して体調を崩してしまうリスクもあり、「熟成魚」を扱えるのはプロだけ、という状況が続いていました。
熟成魚が一般家庭の食卓にも
上記の理由から、これまでは一部の寿司屋や料理屋でしか食べられない存在であった熟成魚ですが、実はここ1、2年でかなり身近な存在になりつつあります。
2018年、近畿大学発のベンチャー企業が、一般家庭向けの熟成魚の販売を開始しました。これは熟成を施した魚を、すぐに食べられる状態に加工して真空パックしたもので、解凍すればすぐに食べることができます。(『果報は“寝かせて”待て?熟成魚を身近に』NHKニュース 2020.1)
また、肉の熟成を進める「エイジングシート」を魚に応用する手法も実用化されています。このエイジングシートには、タンパク質の熟成を進める特殊なカビが付着されており、これに包んで低温で保存するだけで様々な魚を美味しくすることができるといいます。(『日本初!11月15日(木)より「エイジングシート」を使用した『発酵熟成熟鮮魚』の販売開始いたします。』PRTIMES 2018.11)現在では業務用の販売しか行われていないようですが、これが一般的になれば家庭で簡単に魚を熟成させることもできるようになるかもしれません。
更に、豊洲市場や各地の卸売市場で「熟成魚」を専門に扱う仲卸業者が増えてきています。彼らは買い付けた魚を自ら熟成させ、販売しているので、品質も完璧で取り扱いのリスクもありません。
新型コロナウイルスの影響で魚が売れなくなってると言われる中、保存性と付加価値を高めてくれる熟成魚は鮮魚流通にとってのヒーローになる可能性があります。今よりも気軽に口にすることができる時代が来るといいな、と思います。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>