ツノナシオキアミという種類のオキアミがいます。国内でも漁獲されるにも関わらず、これまではあまり重要視されることがなかったのですが、意外な形で我々の食生活に貢献していることがわかってきています。
(アイキャッチ画像提供:PhotoAC)
ツノナシオキアミの概要
オキアミという生き物をご存知でしょうか。一般的な知名度はいざ知らず、釣り人なら間違いなく誰もが知っているものだと思います。小さなエビのような形をしたプランクトンの一種で、釣り餌としてたいへん大きな需要があるほか、調味料や食材としても用いられています。
このオキアミ、国内で利用されているもののほとんどが、南極海に産する「ナンキョクオキアミ」という種類のものです。日本は2012年を最後に南極海でのオキアミ漁から撤退しているので、現在国内で流通しているものは過去に採ったものか、輸入品ということになります。一方、日本の経済水域内にも棲息し、漁獲されているオキアミもあります。それがツノナシオキアミ。
ツノナシオキアミはナンキョクオキアミよりもひと回り小さいほかはほとんど違いがなく、同様に釣り餌にも用いられています。水揚げの多い岩手県ではイサダと呼ばれています。安定した水揚げがあり漁業資源としてはポテンシャルがあるのですが、水揚げ後の鮮度落ちの速さがネックとなり、釣り餌のほかは「干しエビ」としてサクラエビの代用品に用いられる程度であまり需要がありませんでした。
しかしこのツノナシオキアミ、実は意外な形で我々の食生活に貢献していることがわかっています。
ツノナシオキアミがサカナを美味しくする
日本近海のツノナシオキアミは春に漁獲が増えるのですが、その時期は魚たちにとっても好餌となります。そして、ツノサシオキアミを摂食している魚は、他の時期の個体と比べると体脂肪が多く食味が良いと言われています。
そのような魚の代表がニギス。
ニギスは水深100~400mに棲息している深海魚で、小さな生物を捕食しています。鮮度落ちが早いために丸干しにして食べられることが多いのですが、とくに春先に漁獲されたものは脂肪が多く、焼いたときの食味が良いので珍重されています。
この時期のニギスを解剖してみると、ツノナシオキアミが消化管にびっしり詰まっており、これを飽食している様子が見て取れます。そういった個体の体脂肪の組成は、ツノナシオキアミが含有する脂肪の組成と近似しており、これらに密接な関連性があることが推察されています。(原田和弘・海野徹也・大谷徹也「日本海西部で漁獲されたニギスの体成分の季節変動」2007.3)
ツノナシオキアミは「イサダ油」として機能性食品に加工されることもあるほど体脂肪の多いプランクトンです。これを食べたニギスが大きく太り、結果として食味が良くなっていることが判明したのです。
春の深海魚に旬をもたらす
ツノナシオキアミが棲息している海域では、春から初夏にかけて食味が良くなる深海魚がいくつも知られています。上記のニギスのほか、ウスメバルやアカムツも春先は脂ののりがよく、また消化管にオキアミ様の生物が詰まっていることも多いです。
島根県浜田のブランドアカムツ「どんちっちノドグロ」は、春先に脂肪分の豊富な甲殻類を食べて身が太り、初夏にかけて旬を迎えると言われます。これもツノナシオキアミが関連している可能性があります。
研究が進むと、より多くの魚とツノナシオキアミの関連性が見つかると思われます。お好み焼きやもんじゃの「小エビ」は、実は魚たちにとっては最高のごちそうなのかもしれませんね。
<脇本 哲朗/サカナ研究所>