釣り針の名前の由来と歴史を調べてみた 縄文早期にすでに存在?

ふだん何気なく使っているハリ。チヌやグレなど、魚の名前がついているものは多い。だが、なかには「袖(ソデ)」や「狐(キツネ)」など、誰が、どんな理由で名前を付けたの?と思うものがある。そこで、週刊つりニュースオフィスの1階にある『釣り文化資料館』で、古書や資料を閲覧…。結果からいうと、誰がいつ名付けたのかは分からなかった。

TSURINEWS編集部 TSURINEWS編集部

その他 お役立ち

形から名付けられた?

諸説あると思うが、「袖」は、服の袖に似た形から、「狐」は、土で作ったキツネ…というように、それぞれの形から名付けられたらしい。

(左)袖バリ (右)狐バリ

日本のハリの歴史は縄文早期?

ハリの歴史は古く、日本では縄文早期に、現在の東京湾に浮かぶ小島からも発見されている。

出土したハリは小型で、型は「し型」。

フトコロの曲がり角度が急な「レ型」より弾力を持たせ、折れることを防いでいる。

また、この時代、すでに現在でいう〝カエシ〟がついているものがあることには驚いた。

何羨録(かせんろく)

歴史は一気に進んで江戸時代。

享保8年※(1723年)に陸奥国弘前藩の黒石領主・津軽采女が著した、日本最古といわれる釣り本「何羨録(かせんろく)」には、すでに「袖形」とか「丸形」という呼び名が載っている。

日本最古の釣り本

これにはハリのほか釣り具の材料や製法などが詳しく記されている。しかし、さし絵をみると、今とは、だいぶ形状が異なる。

※享保2年としている本もある。

江戸時代に普及

鉄製のハリは、幕府が置かれた江戸を中心に発達。

江戸前に広がる江戸湾(現在の東京湾)で、趣味としてのキスやハゼのほか、四季折々の釣りがブームとなり、さまざまな形のハリが爆発的に生まれた。

釣り本の1ページ

当時は、岩崎長太夫流岩崎鉤とか、坂尾丹兵衛流キス鉤といった、流派に分かれ、考案者の名前が付く。

やがて、商いが行われるようになると、「〇〇型」と、呼称が変わり、より釣れるハリは人気になっていく。先に記した岩崎鉤は、よく釣れると評判だったらしい。

また、同じ型の表記でも東と西では形が違ったり、関東、関西によって名前が違うケースもあった。

昔のパッケージ

先人の知恵に感謝

いずれにせよ、釣りにおいて、一番先に魚と触れる「ハリ」。

他の釣り具と同様、日々進化して、細くて強い素材、より鋭利なハリ先、掛かりやすい、バレにくい形状…と多岐にわたり、研究されている。

対一魚種だけでも、これだけたくさんの形がある趣味の道具もめずらしい。

いつも、何気なく使っているハリ。

好みのメーカーや大きさ、形とひとそれぞれだが、一度、その小さな道具を手のひらに乗せ、あらためて先人たちの努力や知恵に感謝してはどうだろう。

参考文献:「何羨録(復刻)」=釣り文化協会、「播州釣針協同組合創立50周年記念誌・播州針」「釣針史料集成」=勝部直達著(渓水社)

<佐藤/TSURINEWS・関東編集部>