『ゲノム編集』魚は市場に受け入れられるか 遺伝子組み換えと混同も

『ゲノム編集』魚は市場に受け入れられるか 遺伝子組み換えと混同も

食糧に関する各種の問題を解決できる技術として注目を浴びる「ゲノム編集」。しかし、その普及化には「市場に受け入れられるか」という高いハードルがあります。

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その他 サカナ研究所

「ゲノム編集」されたトラフグ

先日、京都府の自治体が「ふるさと納税の返礼品」に指定したとある食品に対し、その取扱を止めるよう、市民団体がクレームを入れたことが話題となっています。

問題となったのは、京都府宮津市のふるさと納税返礼品に指定されたトラフグ。このトラフグは「ゲノム編集」という最新の技術によって改良された特別な個体です。

『ゲノム編集』魚は市場に受け入れられるか 遺伝子組み換えと混同も養殖トラフグ(提供:PhotoAC)

市民グループは「ゲノム編集による食物は安全性が確認されていない」「市民に不安が広がっている」などの理由を挙げ、市長に対しふるさと納税返礼品としての取り扱いを中止するよう申し入れました。

またトラフグの養殖業者に対しても、住民説明会を開催することや海上養殖をさせないよう働きかけるよう求めたといいます。(『ふるさと納税返礼品にゲノム編集トラフグ 市民団体が中止申し入れ』毎日新聞 2022.3.23)

ゲノム編集技術とは

今回槍玉に上がった「ゲノム編集」という技術は、生物の特定の遺伝子を狙い、酵素によってDNAの配列を換えることで遺伝子情報を変化させ、人工的に突発変異を起こさせるというもの。これまでこの技術によって「有毒成分ソラニンを生成しにくいジャガイモ」「GABAを多く含むトマト」「筋肉量が多いマダイ」などの改良された食材が開発されています。

今回のトラフグは、この技術により、食欲を調整する「レプチン受容体」関連遺伝子4個が取り除かれています。この処置を受けたトラフグはそうでないものと比べて餌をたくさん食べるようになり、その結果成長が早く、また個体サイズも大きくなるといいます。

『ゲノム編集』魚は市場に受け入れられるか 遺伝子組み換えと混同も理論上は天然物と判別不可能(提供:PhotoAC)

これまでの品種改良法は、優れた形質(遺伝上の特徴)をもつ親同士を掛け合わせ、より優れた品種を作り出すというものでした。これは求める形質を持った個体を得られるまで何世代も育ててトライアンドエラーを行わないといけないため、一つの新たな品種を獲得するために数十年ほどの時間がかかることもあります。

一方、ゲノム編集は、存在している遺伝子の特定の部分を切るだけでできるので、数年で成果が得られることが多く、メリットがとても大きくなっています。

遺伝子組換えとは異なる

しかし、今回の例のようにゲノム編集はしばしば忌避され、危険なものと思われてしまうことがあるようです。その原因で最も多いのはおそらく「遺伝子組換え」と混同されているためではないでしょうか。

遺伝子組換え技術は、既存の生物の遺伝子に、新たな要素を外から加える形になります。そのためそれによって作られた生物は、もともと自然界には存在していない種となる可能性が高いです。

一方、ゲノム編集は遺伝子組換えとは逆に、既存の遺伝子の一部をカットするという手法。生み出された品種も、自然界に一定数の割合で存在する「突然変異種」と理論上は同一になり、環境や人体に対して負の影響を与える可能性は非常に低いと言われています。

『ゲノム編集』魚は市場に受け入れられるか 遺伝子組み換えと混同も口にするものなので安全性の確認は最重要(提供:PhotoAC)

またこのように、ゲノム編集によって改良された個体は、自然界に存在する個体と生物学上区別することができません。そのためゲノム編集によって改良された食品は、遺伝子組み換え食品と異なり、販売時にそのことを明示する義務はありません。

消費者の懸念や不信感

しかしこの「明示されない」ことが逆に不信感を生むのではないか、ということが他方面から指摘されています。

懸念点

ゲノム編集技術に対する具体的な懸念として挙げられているのは、以下の4点です。

・編集時のエラーにより目的外の遺伝子が壊される「オフターゲット変異」や、通常遺伝子とゲノム編集遺伝子が混在した「モザイク性変異」などといった遺伝子異常の発生

・有害なたんぱく質や未知のアレルゲンが作られることで健康被害に発展する可能性

・ゲノム編集生物が自然環境中へ逸出することにより遺伝子汚染などが発生する危険

・遺伝子組換え食品と異なり表示制度がないため、知らないうちに口にしてしまうことへの不安

このうち、オフターゲット変異についてはそのリスクを指摘した論文が論拠不十分で否定されたことがあります(参考:『ゲノム編集でのオフターゲット変異はどのくらい実在するか?』 農研機構「バイオステーション」)が、それでもまだ危険性を指摘する声があるようです。

また、その他の点については新しい技術ということもあり、現時点で不安を一掃できる証拠が揃っているとは言い切れない状況かと思います。この点について鑑みれば、ゲノム編集食品について広く社会に浸透させようとするにあたり、その必要性と安全性について、改めて根拠を示ししっかりと説明しなくてはいけない状況にあると考えます。

今後の展望

今後の展望については、理解を得られたところ(または消費者)に対して限定的に流通させていくことからスタートし、その安全性についてデータを積み重ね、信頼を勝ち取っていくしかないのではないかもしれません。

冒頭で紹介したゲノム編集トラフグについては、海面養殖への導入が進められているというところに不安を覚えている人が多いようです。すでに実施されている陸上養殖に対し、海上養殖ではゲノム編集魚が自然界へと逸出してしまうリスクが高まってしまうのは間違いないところです。しばらくは陸上養殖にとどめておくという考え方もあるでしょう。

まずはしっかりと説明し、理解を得られたところから徐々に流通させていき、その安全性についてデータを積み重ね、信頼を広げていく必要は間違い無くあるでしょう。

表示義務も

また、現状の市場における認識を踏まえると「知らずにゲノム編集魚を口にしていた」という例が起きてしまうと訴訟につながる可能性は低くないでしょう。販売時のゲノム編集食品表示義務について再考するのも一手ではないでしょうか。

新たな技術の必要性

ゲノム編集という技術についての安全性に懸念が出ている一方、我が国では海面漁船漁業の生産量は右肩下がりであり、かつ養殖漁業も世界の後塵を拝している状況で、画期的な養殖技術が必要とされているのも間違いなく事実です。

みんなが納得する状況というのは難しいかもしれませんが、そこに少しでも近づいていけるよう、賛成派反対派双方がより議論を深めていくことを願ってやみません。

<脇本 哲朗/サカナ研究所>